君にだったら何をされてもラギーは小さい子供を抱きかかえて廊下を歩いていた。この子供、実はユウである。ユウは錬金術の授業の際に他生徒がふざけて作った魔法薬を誤って被ってしまい、身体も記憶も幼児化してしまったのだ。
「さー食堂につきましたよユウくん。何食べたいッスか?」
「ハンバーグ!」
「おっ!いいッスね〜。俺も肉食べよっと。あとレオナさんのサラダと…」
食堂へつき、ラギーはレオナから預かった財布を持ってお昼のメニューを選んでいた。どうしてラギーが小さくなった監督生の世話をしているかというと、年下の面倒を見るのに慣れているからという理由でクルーウェル先生に元に戻るまで世話をするように言われたからだ。
メニューを選び終わり、お昼ごはんを持ってレオナの隣の席についた。
「レオナさんどうぞ。ステーキセットッス。」
差し出された物の隣に添えてある青々とした葉を見つけたレオナは眉間にシワを寄せた。
「おいラギー、これ野菜じゃねーか。」
「ちゃんとお隣にお肉もあるでしょうが!バランスよく食べないと。ねーユウくん。」
レオナに抗議されたラギーだったがサラリとかわし、自身の膝の上に座りお行儀よくハンバーグを食べているユウに向かってそう話しかけた。
「うん!お野菜もおいしーよ。レオナしゃん!」
舌足らずの言葉でユウから言われたレオナは、フォークで野菜をつつき、しぶしぶ口に運んだ。
食事が終わったあと、ラギーはレオナと部活の話をしていた。暇になったユウはラギーの背中によじ登って遊んでいた。ラギーもユウが落ちないようにさり気なくアシストしながらレオナの話を聞く。
「あ。」
「なんスかレオナさん。」
「頭。」
レオナに教えられ、ラギーが手を頭に伸ばした瞬間、
「ギャン」
突然の耳の痛みに思わずラギーは叫んでしまった。誰かに耳を強く握られたようだった。ふり返ると唖然とした表情のユウと目があった。だんだんと表情が曇り、そして目に涙がどんどん溜まっていき、
「うわーん。ラギくんごめんなさーい!」
ユウの涙のダムは決壊した。そしてテーブルの下に潜り身体を縮こまらせてわんわん泣いた。ラギーの耳を握ったのはユウだった。レオナと話している間、ラギーの背中によじ登って遊んでいるとき見つけてしまったのだ。ふわふわで、時折ピコピコ動くラギーの耳を。ユウはラギーの耳がとてもとても可愛く見えて、愛しくなって、愛でたくなって、つい力の限り握ってしまった。周りにはユウしかいないことからラギーは自分の耳を握ったのはユウだとわかった。すぐに、こらこら痛いでしょうがと諭すつもりが泣きわめかれテーブルの下に潜られたので動揺した。ユウが後ろで、お耳かわいいかわいいと呟いていたのは聞こえていた。まぁ耳を触られるか甘噛されるくらいならいいかなと、相手がユウならと油断していた。まさか思いっきり握られるとは。
「えー小エビちゃんじゃん。小さくなってる〜。どうしたの?出てきなよ〜。手伝ってあげる。」
いつの間にか来ていたフロイドが、テーブルの下で縮こまっているユウを片手で引っ張り上げて椅子の上に乗せた。ユウは急に引っ張られたためか、目を真ん丸に見開いて涙も引っ込めて硬直していた。そしてラギーの元へ行きしがみつきながら、自分を引っ張り上げた主を見つめた。
「え〜。小エビちゃん一緒に遊ぼうよ〜。」
「あーフロイドくん。ユウくんご飯食べたあとで眠くてしょうがないみたいなんでまた今度で!」
「えーつまんなーい。まぁいっか。じゃあね〜小エビちゃん。また今度。」
ヒラヒラと手を振ったフロイドに対し、振られたら振り返さねばと思ったユウは顔を硬直させながらも小さく手を振り返した。
「ラギくん。さっきはごめんね。痛いことしちゃった。」
「謝れて偉い偉い。だけどもう強く握っちゃあ駄目ッスよ。触りたくなったら触ってもいいか聞いてからにすること。」
ラギーはユウの頭を優しく撫でた。
「痛いことしちゃったユウを嫌いになる?ユウの前からラギくん、いなくなっちゃう?」
ユウの口から、いなくなるかという言葉を聞いてラギーは思った。
いなくなってしまうのは君の方なんじゃないかと。ある日突然この世界に来たのだから、もしかしたら同じように突然帰ってしまうんじゃないかと。帰したくないと思ってしまうが……せめて、せめて帰るならその前に君と話がしたい。
雪崩のように自分の中に押し寄せてくる不安を押し殺して、目の前の小さな子に笑顔を見せた。
「オレは、ユウくんの前からはいなくならないよ。」
End