Catch you『早くおいで。オレのところに。』
暗闇の中、声が聞こえた。甘くて穏やかな口調のそれ。懐かしい。懐かしい?どうして?
『なんで来てくれねぇの』
急に空気がピリッとした。また怒らせちゃったみたいだ。……また?頭の中がぐちゃぐちゃだ。声の主に話しかけようとしたが、何故か声が出ない。
『…会いたい。…っ!会いたいよ!_____!』
泣きながら訴える誰か。知っているようで知らない誰か。行かなきゃ。会いに行かなきゃ!
無我夢中で暗闇の中を走り出した。わずかに差し込んでいる光を見つけて、手を伸ばす。
○●○●○●
どすん!
「−−−−−−−−−−ぅえっ!」
少年はベッドから落ちて目が覚めた。
「さっきのは夢だったんだ。」
夢は儚い。起きた瞬間まではよく覚えているのにも関わらず、しばらくするとおぼろげになって、そして、忘れてしまう。少年が見た今回の夢もそれに当てはまる。エレメンタリースクールが休みなので探検に出かけようと、自分の肩まである金色の髪を整えているうちに、夢のことをすっかり忘れてしまった。少年は探検が大好きだった。
「うーん。昨日は近くの山だったから、今日は海に行ってみよう!」
友達とワイワイ遊ぶより、一人行動が多い彼は、母親に探検は危ないからやめなさいとよく言われる。だから自分なりに、日暮れまでに帰る事と知らない人にはついていかないというルールを決めて楽しむ。彼に、探検に行かないという選択肢はない。
海についたところで、不思議と足が岩場の方へと進んでいく。何かに引かれるように。
しばらく歩き、大きな岩の影に、鮮やかなターコイズブルーの髪色の男が倒れていた。
「わっ!人が倒れてる!大丈夫ですか!?」
声をかけると、その男は目をゆっくり開けて、こちらを見て優しく微笑んだ。
「_____ 」
「?」
何かを話したみたいだったがうまく聞き取れなかった。
「……大丈夫だよ〜。寝てただけ。」
「こんなところで!?」
「うん。だって人魚だもん。ウツボの♪」
すると耳や手が変化していき、みるみるうちに少年の目の前に長い尾の人魚が現れた。
「ニンギョ?人魚!すごい!初めてみたよ!」
少年はキラキラとした表情で人魚に詰め寄った。
反対に人魚は、表情を一瞬強張らせ、そして無表情になった。どす黒いものが二人の足元に広がり、人魚の長い尾が少年に巻き付き、締め上げた。
「がっ、うっ…、痛っ!」
「いたい?」
締め上げられながら少年は人魚の方を見たが、逆光ではっきりとは見えなかった。
「苦しい?タスケテほしい?」
「僕が…っ、怒らせちゃったの?嫌なっこと、…しちゃった?……っ、なら、僕は謝らなくちゃ……っ」
その言葉を聞いた人魚は目を見開き、力を弱めて少年を解放した。すると今度は優しく少年を抱きしめ治癒魔法をかけた。
人魚は少年の肩に顔を埋め、小さく呟いた。
「ごめんね。ごめんねぇ。嫌いにならないで。」
「嫌いになんてならないよ。顔を上げて!」
人魚は素直に顔を上げた。泣きそうな顔で少年と見つめ合う。
「ほらっ!傷も何もない!君が治してくれたんでしょ?ありがとう!」
人魚は少年の身体を離し、海へ飛び込んだ。
「あっ!待って!人魚さん!」
「もしまた、会ってくれるなら、明日もここに来て」
人魚は不安そうに少年を海から見上げて問う。
「もちろん!必ず来るから!」
それを聞いて満足そうに人魚は海へと帰っていった。
○●○●
翌日、少年はまた海へ来た。
「こんにちは、人魚さん!」
「あ〜来てくれたぁ〜♪」
「もちろん。約束したからね!」
人魚は海から岩へと腰掛け、少年もその隣に座った。
「人魚さんはいつもここに来るの?」
「ううん。最近かなぁ。また会いたい人が来てくれるなら、これからもここに来るよ。」
「会いたい人ってだれ?」
「……大好きな人。オレの事、忘れちゃってるけど。」
「そうなんだ。」
その時、海風が少年の金の髪を優しくなでた。人魚は目を細めてその髪に手を伸ばしかけ、やめた。少年はそれに気づかず言葉を続ける。
「人魚さんのこと、思い出してくれるといいね!」
「……うん。」
人魚は少年にそっと優しく寄りかかった。
そろそろ日が暮れるからと帰った少年の後ろ姿を見送ったあと、人魚は自身の左手の親指につけている指輪に口づけた。
「…あはっ。やっと見つけたぁ。
やっと、オレのところに来てくれた。
やっと………オレを見てくれた。」
長い間、それはもう果てしなく長い間、探し、求めた、番の魂。
「必ず捕まえてあげるねぇ
ウミネコくん♡」
この愛は
純愛で
狂愛で
“一途”