夢物語のその先へ「エース。話があるの。」
オンボロ寮の談話室。神妙な顔をしているユウに、オレは胸がざわついた。
「なになにー?この前のテスト赤点だったとか?しょうがねーなぁ。このエース様が教えてやるよ。」
不安を押し殺して笑って答える。
だが無言でユウは首を横に振った。
「元の世界に帰る方法が見つかったの。」
やっぱり嫌な予感は当たった。“嫌な”なんて…。ユウに悪いよな。こいつが元の世界に帰る方法を一生懸命探しているのを知っている。オレを含めた他の奴が家族の話をしているとき、ふと羨ましそうな顔をするのも。家族に会いたいのだ。ならオレは友達として笑顔で送り出さなきゃいけない。いい友達、として。欲を言えばずっと一緒にいたかった。ずっと一緒にいて、あわよくば恋人になってそして、ユウが求めていた“家族”になりたかった。だけどそれは夢物語に終わった。
終わったんだ。
「へぇ!良かったじゃん」
オレは今、笑顔を作れているだろうか。良かったなんて思ってない。
ユウ。ひどい友達でごめんな。
一緒のソファに隣り合って座っていたユウが立ち上がってオレの頭を抱え込んだ。目の前のユウの制服が濡れていく。あー。オレ、泣いてるんだ。胸が苦しい中優しい声が耳にスーっと入ってくる。
「エース。…あの時、私に声をかけてくれてありがとう。」
グレートセブン像の前のことだ。初めてこいつと話した日。
「友達になってくれて嬉しかったよ」
ユウ…。
「いつも一緒にいてくれてありがとう」
ユウ…っ!
「すごく楽しかった」
オレも楽しかったよ。ありがとう。
そう言いたいのに息が詰まって声が出せない。涙が止まらない。
「もうまたねって言えなくてごめんね」
ごめんねと言われた瞬間、オレはユウから身体を離して顔を見た。泣いてるのは俺だけじゃなかった。
「……って言えよ」
「えっ」
「またねって言えよ!オレもまたなって言うから」
「だってもう」
「オレは魔法使いなの!魔法士養成学校の名門、ナイトレイブンカレッジの1年A組エース・トラッポラ」
ユウの両肩を掴んで目と目を合せて言った。
「ぜってーお前に会いに行ってやる!もう一生会えないって思ってるお前を見返してやる!首洗って待ってろ」
「首洗ってって………ふふっあははは!」
オレの宣言にキョトンとしたあと笑った。
「うん…。うんっ!わかったエースがこっちに来るの、首洗って待ってるから」
「ああ!チェリーパイも用意して待ってろ!とびきりうまいやつな!」
しばらくオレたちは笑い合っていた。さっきまでの重く悲しい空気が嘘のように、いつもみたいに笑い合っていた。
そして1週間後、ユウは元の世界に帰った。
●○●
恋人は優秀な魔法士だ。私の“世界”と彼の“世界”を往復できる魔法を見つけ出した。もう会えないと思っていた彼が自分の目の前に現れたのは数年前のこと。そして最近私達は友達から恋人になって一緒に住んでいる。
〜♪
オーブンの予熱が完了したメロディがなった。
私は今日も彼のために『とびきりうまいチェリーパイ』を焼く。
End