見渡す限りの草原を風が吹き抜ける。空には綿雲が浮かぶ。踏み出すたびに青い匂いがして夏が近いみたい。
「のどかだなあ」
シミュレータの景色とわかっていても、走り出したいような衝動に駆られたり。
「マスタァ?」
「よりによって三騎士相手の徴用、しかも拙僧一人とは。余の者がよく首を縦に振ったものです」
鈴の音は風に鳴らない。足の運びを追うようにしゃら、しゃらと響いている。
「自動のプログラムだけど、敵は弱めに設定してあるから。道満は耐久力高いし、呪いとクリティカルでなんとかできるでしょ。心配してないよ」
「随分と信望篤くあられるようですな」
「いつこういうことが起きても対応できるように、ね」
でもカルデアって規格外の非常事態のオンパレードだから、結構意味ないんだけど……もうわかったよね?
苦笑まじり、いつもどおり。戦いの中で垣間見える異国の街や海や日の出はきれい。
「ときに、なかなか敵性体の姿が現れませぬが」
「ほんとだね。システム不調かな?」
いよいよピクニックか何かのような気になってきて、つい鼻歌なんか歌って。
「当世の歌謡なのでしょうな」
そうだよと返した次の言葉に詰まる。
ここの歌詞、なんだっけ?
咄嗟に思い浮かべる─あのとき一緒にいた友達─最寄駅─家─いつからか不確かになったものたち。
(どうしてここまで来たんだっけ)
「おや、そのように色を失ってしまわれるとは。なにか障ることなどあったでしょうか」
「ううん、なんか、…一瞬、今いる場所がわからなくなっちゃった。ぼんやりしてた」
「失われるものを憂えておられですか」
「…?なんでそんな、」
見返す目には微笑が浮かんでいる。
「引き返せぬくらい遠くへ来てしまった、そう思っておられるのでしょう。
しかし、御安心召されよ。貴方は貴方の儘、下総にて逢うたときから変わりはしませぬ。むしろ入れ替わるのは貴方の周りの者ばかりの様子。
魔術師が復帰した今となっては、重荷など手放して他の者に任せてしまえばよい。強がらずともよいのです。凡なる御身が志ひとつなりで英雄の如く振る舞うにそぐわないとは思われませぬか」
「私、変わったよ。今になって戻れないよ」
「泣いておられるのですか」
「泣いてなんか。みんなが頑張ってるのに一人で弱気になる資格はないよ。
私もカルデアのマスターだもの、やっぱり進まなきゃ。人理のために」
「でも…昔の私のこと、道満のままで覚えていてくれてありがとう、それに」
「私が降りたら、誰が君を叱るの」
「急急如律令」
竜牙兵が現れはじめていた。右手の甲に軽く触れた。片手間の術で消し飛ぶエネミーに抱く一時の憐憫はきっと君のと大差ない。
「マスタァ、指示を」
「そのまま突っ込んで!」