5日目『至近距離』 意志の強いオリーブ色の瞳が目蓋で覆い隠されているのをいい事に、その整った顔をじいっと観察する。互いの胸がくっつくように抱きしめ合って、鼻のてっぺんが触れ合うほどに接近して、お互いの吐息が絡まった。くるんとカーブを描くまつ毛が震える。
「……おい」
なかなか合わさらない唇に焦れたのか、くいっと袖を引いて催促される。目を閉じたまま眉が顰められ、丸みの残った頬が僅かに紅潮した。人の感情の機微に疎い俺でも、焦らされたままの彰人が言いたいことくらいは手に取るように分かった。
きっと、彰人がその気になれば俺に隠し事をするのは容易いはずだ。それで見落としてきてしまった、彰人の辛さや苦しみも少なくないのだろう。
だからこそ、今みたいに彰人が無防備に感情を晒してくれる瞬間が好きだった。
雑に引っ張りこんだ、セカイの路地裏で。いつ誰が通るかも分からないこんな場所で、彰人が俺に接触を許してくれている。俺から行動を起こすのを、ただ目を瞑って待っていてくれる。気を許した相手にしか本音を見せない彰人の、心の柔らかいところに触れるのを許されている。それはえも言われぬ多幸感を俺に与えてくれた。
そんな貴重な時間は唇を触れ合わせたら終わってしまいそうで、口付けるのが少し惜しい。まだ、あともう少しだけ堪能していたい。
「なぁ、おいって……」
再度、袖を引っ張られる。じわじわと羞恥に侵食され、赤みを増す頬はまるで林檎のようだ。彰人は普段から少し爽やかで甘い香りを身に纏っているから、齧っても甘いんだろうか。
そんな取り留めのないことばかり考えていたら、ついに我慢が限界に達したのか、隠れていたスフェーンがぱちりと瞬いて姿を表した。
「冬弥、見すぎ」
「すまない」
「誰かに見つかる前に、さっさとしろよ」
「……分かった」
「分かってる奴の声じゃねえけど」
「もう少しだけこのままでいたいと言ったら、嫌か?」
「嫌じゃねえ、けど……困る」
「え」
「少しじゃ足りなくなる」
とっ、とっ、とっ。と少し早いテンポで彰人の胸が弾む。つられて俺の鼓動まで早くなるようだった。
「今日の練習が終わったら、二人の時間を作ろう」
「……おう」
頷いた彰人の唇を奪うと、やがて俺の腕の中から開放した。離れていく体温は寂しかったが、数時間もすればまた触れ合えると約束したのだと思えば耐えられる。恋人とのふれあいを充電に例えるのが、とてもしっくりきた。それに、彰人と歌っていたら時間はすぐに経ってしまうから。
「落ち着いたら、メイコさんのカフェに行こう。まだ集合までは時間があるはずだ」
「お前、よくすんなり切り替えられるよな……」
「そうでもない」
今でも、頬の赤みを誤魔化すために腕で顔を隠しているその手をとって、口付けてしまいたいと思っているのだから。