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    bin_tumetume

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    bin_tumetume

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    『二人だけのひみつ』 彰人とキスをしていると、今まで自覚していなかった自分を知ることがある。自分がこんなにも口付けが好きな性質なのだと実感したのも、そのうちの一つだ。とりわけ、どちらかの室内で行う秘め事は格別だった。
     彰人は警戒心の強い男で、いつも見えない鎧を身につけているかのようだった。社交的で友人が多いかと思えば、自覚があるのか無いのかめっぽうな秘密主義者で、大体のことを言うまでもないことだと判じて他人に打ち明けることをしない。本人がそんな調子だから、俺はそのぶん彰人の好ましいところや良いところを知ってもらうために、多くの人にそれを吹聴することになった。
     それはさておき、そんな彰人も、相棒であり恋人でもある俺にだけは警戒心を弛めてくれる。まるで野生動物が懐いたようだなとも思うけれど、それを言ったらきっと拗ねてしまうだろう。
     腹を見せる獣のようなだらけきった姿は、普段のストイックさがまるで嘘のようだ。でも、失望するとかは全然なかった。むしろ、白石や小豆沢の前ですら見せないような態度を俺にだけ見せてくれることが嬉しいとも思う。
     しかし、ちょっとだけ心配になることもあるのだ。その生来の警戒心を、ちょっとは俺にも向けるべきではないかと。
     
    「っ、ん……っふ……」
     厚い瞼が重みを増して、双眸に嵌った蜂蜜色がとろんと心地良さそうに蕩ける。べっこう飴のようなそれは、舐めたらさぞ甘そうだ。
     ちぅ、ちゅ。とどちらともなく口を触れ合わせる度に響くリップ音が鼓膜を侵す。離れがたくて、何度も重ねた唇はそのうち腫れあがってしまいそうだ。のぼせた頭はそれでも構わないと判じて、更に目の前のご馳走に夢中でむしゃぶりいた。甘く歯を立てて、唇で食む。
     彰人の部屋に二人きり。つい先程、絵名さんはお母様と買い物に行くため長い時間は帰らないと連れだってお出かけになられたので、正真正銘この家には俺と彰人だけしかいない。
     そんな、どんな不埒なことだってしてしまえるような空間で、寄り添って座っていた俺の肩へと彰人が頭を乗っけてきたのが合図だった。本やスマホに向けていたはずのお互いの視線が絡まって、引き寄せられる磁石みたいに唇をくっつけたのが始まり。
     キスの間、彰人は抵抗しないどころか、目を閉じて完全に身を任せてくれている。首の後ろに回っていた腕も、重量に負けてずり下がってきている。そのうち、支える力を失ったかのようにくにゃりとしなだれる体躯を抱き寄せて、数え切れないほど繰り返しその唇を追う。下心なんてまるでないような軽いキスばかり繰り返していたはずなのに、媚薬でも混ぜ混まれたような蕩けた声を出されてしまうと、もっとその奥を引き出したくてなってしまっていけない。いつしか脱力しきった彰人の唇からは、小さな飴玉のようなあえかな吐息がころんころんと転がり落ちていた。
    「っ、ん……ぁ、待……」
     どれほど夢中になっていただろう。やっぱり力なんて全然入っていない弱々しい腕が、俺の暴虐を咎めるようにペシリと肩を叩いた。拒絶の兆しにハッと我に返って身を引けば、彰人の体が雪崩こんできた。
    「あっ、す、すまない」
    「ん、ゃ、いいけど……」
     今にも眠ってしまいそうに伏せられた目がパチリとまたたいて、シャットダウンしそうな意識をかろうじて繋ぎ止めている。彰人は言葉を続ける訳でもなく、俺を置いてころりとベッドに寝転がった。
    「眠たいか?」
    「……いや、お前とのコレが、気持ちよくて……」
     はぁ、と湿度の混じった吐息を吐き出す彰人の唇がどちらのものとも分からない唾液で濡れて光っている。人差し指の側面でつい先程までの感触を思い出すように下唇をさする仕草が悩ましくて、色っぽい。
     きっと彰人の言う気持ちいいは、風呂に浸かったりマッサージを受けたときのような……そう、リラックスするという意味だ。不埒な考えが及びそうになる思考を振り払うように頭を横に振るう。
    「……ん」
     煩悶する俺の心を読み取った訳でもないはずなのに、ゆったりと見つめた彰人が両手を広げた。……いいのだろうか、このまま覆いかぶさっても。たじろぐ俺に、彰人が来ないのかと首をひねる。
    「とゃ、……つづき」
     呂律や滑舌も繕わない、どろどろのはちみつみたいな甘ったるい声に請われる。制服のシャツの脇腹辺りをクイッと引っ張られる感覚があった。
     誘われるままに、彰人の上に四つ這いになる。肘を曲げて頭を落とせば、情けなくも上半身を支える腕がぶるぶると震えた。ぎゅうと歓迎するように両腕に抱きしめられてしまい、申し訳なく思いながらもゆっくりと体重を下敷きにした彰人に委ねていく。背中に回っていた彰人の腕がゆったりと胴体に巻きついてくる。
     腕の中に俺を迎え入れてご満悦な彰人は、猫であればごろろと喉を鳴らしているだろう。押し潰されている事など物ともせず、むしろ本懐だとばかりに目を閉じて、うっとりと全身をリラックスさせて俺を受け容れてくれる。肋骨が緩慢に上下して、ふう、と吐息を吐き出した。
     こんなにも全身で、態度で、自分のことを愛おしいのだと示されて、堪らない気持ちにならないわけがない。彰人のこめかみに鼻先を埋めると、整髪剤の奥に潜む小ぶりの花のような控えめな香りが馨しい。
    「……ぁに?」
     くすぐったいのか、くすくすと笑いをこぼして肩を竦める。
    「彰人はいつもいい香りがする」
    「ん、あんまかぐなって……」
     嫌々をするように背けた顔がほんのりと色付いている。ご機嫌を伺うように頬に幾つかキスを贈れば、たちまち眦がとろけていった。細めた目が上機嫌にきらめくのがかわいらしい。
    「とうや」
    「ああ」
     ぽってりと厚い唇がたった三音の俺の名前を形どるだけで、簡単に愛おしさが溢れてしまう。彰人も求めてくれていると思えば我慢なんて出来るわけもなく、したいと思うままに幾度も口付けた。
     出来ることならば、このまま彰人のシャツに手を滑り込ませて全身に触れたい。柔肌に吸い付き、跡をつけて自分だけのものにしてしまいたい。過去に片手で足りるほどの回数だけ許された行為。でも、こんなに無防備ないきものの前でそんな不埒なことを考えてしまうなんて。
     眼前には目を伏せて次のキスを待つ彰人のかんばせがある。本人に知られればきっと嫌がるだろうけれど、先程彰人を猫に例えたことを思い出した。警戒心の強い猫。他人には滅多に触らせないのに、俺にはここまで気を許してくれるようになったんだ。その信頼を、自分勝手な欲望で裏切りたくはない。身体の横についた拳を強く握りしめた。
    「……とぉや」
     彰人は甘い甘い蜜のようだ。それならば、花に誘われる俺は言うなれば虫と同じだ。美しい花の蜜を啜れないかと、そのチャンスを淡々と窺っている。
     白くなった握りこぶしに彰人の指がするりと伸びてきて、人差し指で手の甲をトントンと叩き手を開けと催促する。
    「……?」
     言われるままに手から力を抜いていくと、指の股に彰人の指が絡んでくる。そうして捕まえた俺の掌を自分の頬へ持ってくると、頬を寄せて懐いてくる。ぎゅう、心臓が潰れてしまうんじゃないかと思うくらい収縮する。可愛い。いくら脳内の辞書を捲っても、この凶悪さを表現するのにその四文字しか浮かばないくらいに頭がいっぱいになる。
    「彰人……」
    「……ん」
     ちぅ。ぐるぐる渦巻く欲望の熱を逃がすように彰人の口を吸う。彰人の口も開き、ちろりと俺の唇を舐める。しかし、それに応える訳にはいかない。そうしたら止まれなくなってしまう。ぎゅ、と口を一文字に引き結ぶ。
    「……っ!」
     不意に彰人が膝を立てようとするから、身動ぎしたときに太腿が俺のあらぬところを掠めてしまう。電流でも流れたかのように、ビクリと身体が跳ねた。必死で耐えているところに、刺激が与えられれば嫌でも意識してしまう。ダメなのに。ここは彰人の家で、しばらくご家族は帰らないと聞いたからって、いつ戻って来るかも知れないのに。一人でそんな気分になってしまって、はしたなくて恥ずかしい。
    「ふ、とーや、すげえ眉下がってる……かぁいい」
     ちゅ、ちゅ。と小鳥が囀るみたいな音を立てて、頬にキスをくれる。それが親愛の表れだと思うと、嬉しくて、そして今の邪な俺にとってはとても困る。
    「彰人、……これ以上は」
    「んー……」
     起き上がろうと上半身を起こそうとしたのに、絡まった指と背中に回った腕が捕らえて離してくれない。俺だって離れたい訳では無いから、容易く留まってしまう。
    「オレも、その気になっちまった、から」
     ドキリ、と胸が騒ぐ。それが腹の底に眠っていた邪心を彰人に見抜かれていたからか、待てを解除される予感に心がザワついたのか。でも、確かなことは、もうそんなのどっちでも良いということだけだ。
    「な、いいだろ?」
     どろり。蜂蜜色の双眸がどろりと溶け、キスとその続きを強請る。返事を寄越す余裕もなく、赤く色付いた唇にかぶりついた。満足げに彰人の鼻がくふんと鳴る。薄く開いた目に映る嬉しそうな彰人の姿に、やはりキスが好きだなと実感した。
     ああ、こればっかりは、他の誰にも知られたくない。
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