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    bin_tumetume

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    bin_tumetume

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    キューピットは無表情 春は物珍しさで賑わっていた昼休みの屋上も、梅雨が終わって暑さが本格的になると穴場に変わった。ジリジリと照り返す太陽光が肌を炙る。狭い日陰に冬弥と身を寄せ合うと、じんわり汗の滲んだ腕が触れる。肌が白い相棒をこんな炎天下に晒しておくのは心配だったが、クーラーの効いた室内はどこも人が多すぎる。今は、人目が無い方がいい。
     念の為に、もう一度辺りを見回して誰も居ないことを確認してから、手に持っていたポーチの口を開けた。横目で見えた冬弥も同じようにしている。小さくポーチに呼びかける。
    「おい、もう出てきていいぞ」
     すると、開いたジッパーの口からひょっこりと二頭身のフォルムが顔を出す。真ん丸黒目のとぼけた顔、薄桃色で刺繍された頬は中に詰まった真綿でふくふくと膨れている。真一文字に結ばれた小さな口と、ツートンに別れたフェルトの頭髪、デフォルメされた衣装が相棒そっくりのぬいぐるみは〝確かに自身の意志を持って〟仕舞われていたポーチから抜け出してきた。
     冬弥と同じく高いところ(と言ってもぬいぐるみ基準の高さだ)が苦手らしいそいつを地面にそっとのせてやると、オレの親指よりも短い足でしっかと二足歩行した。
    「あきと」
     名前を呼ばれた気がして顔を上げれば、「狭い所に閉じ込めていて悪かったな」と冬弥がオレに似たぬいぐるみに微笑みかけ、頭を親指で撫でてやっている。呼ばれたのは自分じゃなかったと少し恥ずかしい気持ちで目線を下ろす。しゃがんだオレに手を上げて何かをアピールする冬弥に似たぬいぐるみの頬を、誤魔化すように人差し指でつついた。
     コイツらが初めてオレたちの前に姿を見せたのは、セカイでのことだった。メイコさんの店のカウンターにちょっこりと二人(?)並んで立って居るのを見たときはそりゃあ頭を抱えたものだ。セカイなんてものがあるんだから、オレたちに似たぬいぐるみが生まれることもある。そうやってセカイの中だけの変わった現象だろうと何とか自分を納得させたのに、ちゃっかりとこちらまで着いてきた。気がついたらカバンに潜り込んでいたのだ。
     そんな、悪意どころかこの世の汚いことなど何も知りません。みたいな風貌でのこのことオレたちの後をついてくるコイツらのことを無下に出来ずにいるあたり、随分と絆されてしまっているらしい。
     しかし、オレが未だにこのちびすけを〝冬弥〟と呼べずに居るのは、腹に抱えた厄介な恋心のせいだ。光のない真っ黒の瞳で、オレにつつかれるままになっているぬいぐるみ。冬弥にそっくりな顔をして、セカイからこちらに戻ってくるときに、何故か冬弥じゃなくてオレの方についてきた変わったヤツ。
     オレの馬鹿な恋心は、たったそれだけのことに意図を見出そうとしてしまう。オレに似たぬいぐるみは、冬弥が甘やしたのもあるけど最初から随分と懐いていたみたいだ。そりゃそうだ。だって、見た目だけじゃなくて中身もオレにそっくりなのだとしたら、冬弥のことを大好きに決まっている。
     じゃあ、冬弥そっくりのコイツがオレに懐いてくれているのは? 優しくしてくれそうな冬弥じゃなくて、わざわざオレの方に着いてきたのはどうしてだ?
     そうやって、なんで? どうして? と頭の中をグルグルと回る疑問符たちに、都合良くもしかして冬弥もオレのことを……なんて期待をしてしまう。少し頭を冷やせば、恋愛感情なんかじゃなくて冬弥の信頼の証だなんてすぐに分かることなのに。
     そうやってなんだかんだ理由をつけているが、単にオレがこの生き物(?)を冬弥と呼ぶのが恥ずかしいだけってのもある。好きなヤツにそっくりのぬいぐるみを見て、本人の名前を呼ぶなんてオレには難しい。それに、この小さいのは冬弥みたいに喋らないし歌わないし笑わない。いや、このナリで冬弥の声で流暢に喋られても怖い。意思疎通は……ギリギリ出来てるっぽいけど。
     しかし、オレがもだもだと越えられないハードルをやすやすと越えてしまう冬弥はそうでもなかったらしい。セカイのこともそうだけど、純粋だから全て〝そういうもの〟として受け入れてしまえるんだろう。
     ボーッと考えごとをしながらうりうりと頬をつつくのを、相変わらず嬉しそうに(表情が変わらないから雰囲気で察するしかないけど、嫌がっている感じはしない)ちびは受け入れている。むしろ、指に顔を擦り寄せている気すらする。こういうところは小動物みたいで可愛いと言えるのかもしれない。
    「彰人」
     今度は明確に呼びかけられて、冬弥に視線を向けると横から冬弥の腕が伸びてきてちびの横にオレっぽいぬいぐるみを並ばせる。
    「そろそろ昼食をとろう。思ったより日が強いからあまりここに長居するのは良くない」
    「あ、ああ。そうだな」
     なんか声が無機質というか、不機嫌な気がする。ついさっきまでそんなことなかったのに。不思議に思いながら、おにぎりのフィルムに手をかけてパリパリと剥がしていく。冬弥も昼飯のサンドイッチに手をつける。一度試したけど口を動かせないぬいぐるみ達は食べ物に興味はありそうだけど、食べられないらしい。そりゃそうだ。
     オレ達の昼飯よりもお互いへの関心の方が強いのか、ちび達は手を取り合って見つめ合い、ぽよぽよと体を上下させている。体内の綿も一緒に揺れるみたいで、弾む度にフォルムが変わっている。よく分からない謎の動きだ。
    「……アレ、何してんだろな」
    「…………。再会の挨拶、だろうか」
     そういや、セカイでは一緒に居たのをそれぞれ連れ帰ってしまったからその間は離れ離れになっちまってたんだよな。いや、本人……本ぬいぐるみ達が自分の意思でそれぞれに着いて来たんだけど。
     ぽよぽよ。揺れているぬいぐるみ達を冬弥と一緒に眺めながら昼食を摂る謎の時間。なんだコレ……。とつい冷静に今の状況に疑問を持ちそうになっていると、冬弥そっくりのちびが動いた。
     もすり。ちび同士の距離が縮まり、布と布がくっつく。体より顔の方が厚みがあるから、顔が重なってまるで、キス、しているみたい、な……。
    「なっ、」
     ぶぁ、と自分の顔が気温だけでなく熱くなる。何してんだとオレが声をあげるよりも、冬弥の方が俊敏だった。視界が冬弥の背中でいっぱいになったかと思えば、ぬいぐるみを両手で掴んで引き離す。お前、そんなに早く動けたのか。
    「こういう、ことは、よくない……」
     ……あぁ、でも確かに自分と、恋愛的にはなんとも思ってない相棒の姿そっくりなぬいぐるみ同士がキスしてたら、そりゃあ気まずいだろう。特に冬弥は、オレに似たちびをオレの名前で呼んで可愛がってたんだから。
     正直に言えば羨ましいけど、そんなことこんな場所で言える訳がない。ぬいぐるみに先を越されるなんて笑い話、誰かに笑い飛ばして貰えた方が楽なのに話すアテが ないのが残念だ。
     冬弥には気にすんな、って言えばいい。ぬいぐるみ達が勝手にやったことだからって。ぐるぐる思考が絡む中でオレがもつれる口を開けるより、やっぱり冬弥の方が動き出すのが早かった。
    「ちゃんと、お互いに同意してからでないと……」
     短い両手足をじたばたとさせて冬弥の手から出ようとする冬弥そっくりのぬいぐるみと、短い手で顔を隠そうとしているらしいけど全然隠れてないオレそっくりのぬいぐるみ達に冬弥がこんこんと言い聞かせている。その耳は後ろから見ても分かるほど赤い。
    「お互いの同意があればいいのか?」
     小さいオレそっくりのぬいぐるみのことを、オレの名前で呼ぶくせに。
    「えっ」
    「だってそいつらオレとお前の見た目なのに」
     嫌じゃないのか。え。冬弥的には自分達に似たぬいぐるみ達がキスをするのはセーフなのか。冬弥は珍しく慌てたように目をうろつかせた。挙動の不審さもだけど、やたらと顔が赤くて熱でも出ていないかと心配になる。
    「い、や……それは当人の問題というか、お、俺だってしたい、と、言うか……」
    「えっ?」
    「あっ」
     頭の中をグルグルしてた疑問符がついに口をついて出た。ぱ。と冬弥が口を塞ぐ。冬弥がしたいのがただのキスってことなのか、オレとのキスなのか聞き返したつもりなのに、そんな反応されたら察してしまう。したい、のか? 本当に? 理解が及ぶたびにぼ、ぼ、ぼと顔どころか首まで火を噴くほど赤くなっていく。こんなの、バレバレもいいとこだ。熱中症にでもなってしまったんじゃないかと心配になるほど顔が熱い。ああ、分かってしまった。さっきからの冬弥の赤面の理由。きっと、日差しのせいだけじゃない。
    「彰人」
    「あ……」
     ずい、とオレと同じくらい顔を赤くした冬弥が身を乗り出してくる。近い。額から吹き出した汗が、一筋になって頬を滑り落ちていく。
    「俺はお互いの同意があれば良いと思うんだが、彰人はどうだ?」
     屋上の片隅で、呼吸が触れ合うんじゃないかってほど顔が近づく。
    「お前の好きにしたらいいだろ」
     どう答えたらいいかも分からず、でもこのチャンスは逃したくなくて。視界の端で、照れているのかわたわたと慌てるちび達の目を手で覆って塞ぎ、自分も目をつぶってただ触れ合うときを待つしかオレに出来ることはなかった。
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