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    bin_tumetume

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    『相棒セラピー』
    冬彰ワンドロお題
    「今日は甘やかしたい気分」「オレンジの片割れ」

    ##ワンドロ

    『相棒セラピー』「とうや」
     普段はしっかりと芯を持った声が、今は甘ったるく蕩けて俺を誘惑する。ああ、これは重症だなと当たりをつけて湿った頭をそのままに、肩にタオルを引っ掛けてリビングへと顔を出す。
     先に風呂をすませてラフなスウェット姿の彰人の片手には、あとはスイッチを入れるだけになったドライヤーが握られている。俺がシャワーを浴びている間に脱衣所で物音を立てていたのは、やはりこれを持ち出したときの音のようだ。
     ソファに腰掛けながら手招く彰人の両足の間に挟まり、床へと腰を落ち着けた。首を反らして見上げると、甘ったるい視線と目が合った。
    「おら、前向け」
     頬と頭に優しく手を添えられ、促されたとおりに正面を向く。テレビも消えて無音のリビングは、俺と彰人がたてる音だけで構成されていた。
     やがてカチリ、とドライヤーの電源が入り心地よい温風が後頭部を撫ぜる。軽く掻き混ぜるように髪を風に遊ばせる彰人の慣れた手つきは美容師も顔負けだった。あまりの心地良さにまるで飼い犬にでもなったかのような気分で目を閉じれば、疲れが溜まっていた訳でもないのに今にも睡魔が襲いかかってきそうだ。
     会話もなく、ただドライヤーの口から発せられる風の音だけが部屋を支配する。会話もないまましばらくそうしているうちに、うつらうつらと俺の頭が揺れ始めたころになって、突如この室内で一番雄弁だった風が止む。
    「はい、おしまい」
     最後に俺の後頭部に指先を通して乾き具合を確認し終えた彰人が、満足そうに告げる。
    「ああ、ありがとう」
     彰人の隣に座り直して肩を抱き寄せ、額に感謝の気持ちを込めたキスを贈ると蜂蜜を溶かしたような瞳が更に糖度を増した。
    「彰人、今日は一緒に眠ってくれないか?」
     湯上がりのあと、しっかり乾かされてふわふわと跳ねている彰人の夕焼け色の髪を梳く。抱き寄せるどころか、すっかり乗り上げるようにして彰人を腕の中に閉じ込める。顕になったこめかみに頬を摺り寄せて、サイドの髪に鼻頭を埋めてみれば揃いのシャンプーの清涼な匂いに隠れた彰人本人の香りが鼻腔をくすぐる。きゅう、と胸が軋んだ衝動のままに頭皮に口付けた。
    「……なに、お誘い?」
    「いや、今日はしない。彰人の顔を見ながら眠りたいんだ。だめか?」
    「……しょうがねえなぁ」
     小さな子供でも甘やかすみたいに、眉を八の字にした彰人が笑う。
    「ああ、俺はしょうがないんだ」
    「なんだそりゃ。ほら、眠いんならさっさとベッド行くぞ」
     とんとんと背中に回された手が俺を促す。さきほど半身まで浸かっていた睡眠欲をもう今はそれほど感じてはいなかったが、横になればまたすぐにやってくるだろう。何しろ、抱きしめた彰人の体は湯たんぽのようにぽかぽかとあたたかい。ふたり、もつれるようにしながらじゃれあって、寝室へと移動した。早々にベッドに潜り込むと、冷えていた布団にお互いの体温が交じり合ってあたたかさに包まれる。いくらも経たないうちに彰人がくあっと大きく欠伸をした。俺もつられて欠伸をしたのに彰人が気がついて、何が面白いのか二人でくすくすと笑いあった。
    「はぁ……、なんか、オレの方がお前より先に寝ちまいそう」
    「それでもいい」
    「それじゃあ、何のために一緒に寝るんだか分からないだろ」
    「いい。彰人が傍にいてくれれば」
    「はいはい……」
     しぱしぱと目を瞬いている彰人は、今にも夢の中に落ちていってしまいそうだ。目元にうっすらと翳る隈を親指の腹でなぞると、瞼がオリーブの瞳をすっかり覆い隠してしまった。
    「おやすみ、彰人」
     瞼に口付けると、ふにゃふにゃと返事があった。おやすみ、という返事だったのか、俺の名前を呼んだのかのどちらかだろう。彰人がぐっすりと眠れるのであれば、どちらでもよかった。
     元々、ひとりで大体のことをこなしてしまう彰人は、相変わらず人に頼ることが苦手なままだ。本人も気をつけてはいるようだったが、甘え方というものがうまくわからないようだった。ただ、隣にいるうちにわかったことがある。
     彰人は、疲れれば疲れたときほど俺に構いたがるのだ。
     ご飯を用意して、髪を乾かし、一緒に眠る。まるでアニマルセラピーのような方法で癒しを得るのは世話焼きな彰人らしいが、彰人に本物の犬が飼えるはずもない。彰人が疲れているサインである構いたがりは俺と二人きりのときにしか発揮されないようなので、大人しくされるがままになっている。もっと疲れを癒すために何かしてやれればいいのだが、やりすぎてもかえって彰人が気を遣ってしまうので今はこの状況に甘んじるしかなかった。それでも、俺が甘えるようなそぶりを見せると嬉しそうにするから、どっちが甘やかされているんだか分からなくなりそうだった。
     こちらを向いて眠ってしまった彰人の胸板に頭を擦り寄せる。いつか、もっと上手に彰人を甘やかせるようになるからな。そう決意を新たにすると、まるでひとつの果実だったみたいにぴたりと寄り添って、明日を迎えるために目を瞑って眠りに落ちていった。
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