恋する天使の昼下がり②「あっ! 紫之せんぱ~いっ! こっちこっち!」
「白鳥くん、お待たせしましたっ!」
ある日の昼休み、創は夢ノ咲学院に通う後輩であり今年の夏に発足したユニット『ALKALOID』のメンバー・白鳥藍良と共に昼食を食べる約束をしていた。待ち合わせをしていたガーデンテラスの一角に明るい金髪の頭を見つけて声を掛けようとしたが、創よりも先に藍良がこちらに気付いて名前を呼んでくれたのでいそいそと駆け寄る。藍良とは新年度の始め頃に一緒にお弁当を食べたことから親しくなり、今でもこうして時々昼食を共にしているのである。
「ガーデンテラス、今日も混んでましたね。白鳥くんが席を取っておいてくれて助かりました」
創が荷物を広げながら言うと、藍良は「いえいえ! おれが紫之先輩とゆっくりお話したかったので張り切っちゃいました!」とにこやかに答えた。
テーブルの上に弁当箱を乗せ、その蓋を開くと藍良が「わあっ!」と小さく歓声を上げる。今日のメインは豆腐ハンバーグだ。材料費は安いのに栄養も取れる上、『ハンバーグ』という響きだけで心躍るこのメニューは創の自信作である。他には得意料理の出汁巻き卵を入れ、彩りのにんじんは花型に型抜きしてみた。白いご飯には最近譲って貰った梅の花の形をしたチップスが入ったゆかりふりかけを乗せて仕上げをする。可愛いものが好きな藍良とのランチタイムということで、見た目にもこだわってみたのだ。
「紫之先輩のお弁当とってもラブ~い! 紫之先輩って本当にお料理が上手ですよねェ」
「白鳥くん、ありがとうございます。簡単な家庭料理ばかりですけどね。白鳥くんはサンドイッチですか?」
創の弁当を見ながら藍良も自分の弁当箱を広げていく。中には色とりどりの野菜やフルーツジャムが挟まれたサンドイッチが詰まっていた。
「はいっ! えへへェ、これはいちごジャムサンドのパンの真ん中を型抜きでハート型にくり抜いてみたんです。簡単だけどラブいかなって!」
「本当ですね。トランプのカードみたいで白鳥くんにぴったりです」
「でしょ~? 写真を撮ってSNSにアップしなきゃァ。『手作りお弁当でランチタイム♪』っと……」
藍良は自分の弁当の写真を撮るとすばやくスマートフォンに文字を打ち込む。その手際の良さには毎度のことながら思わず感心してしまう。
「白鳥くんってマメですよね」
「だって、おれだったらアイドルの日常って気になるし、おれが日常のことを発信することでファンの子たちが喜んでくれたら嬉しいなって思うから……」
「なるほど、勉強になります。ぼくもファンの子たちに喜んでほしいって気持ちなら負けませんから!」
創がそう言うと藍良は「そういえば」と口を開いた。
「紫之先輩がアイドルになりたいと思った理由って何なんですか? おれ、色んなアイドルに詳しい自信はあるんですけど、紫之先輩がアイドルを志した理由って知らない気がするなァ」
「ぼくがアイドルを志した理由、ですか?」
藍良からの突然の質問に、どこから話そうかと少しだけ思案したが「いいですよ。お話しますね」と微笑んで応える。すると藍良は「やったァ! こんな貴重なお話が聞けるなんておれ、やっぱりアイドルになって良かった!」と目を輝かせた。
「えっと、ぼく、もともとアイドルになろうと思ってた訳じゃなくて、友也くんが夢ノ咲学院に入学したいって言ったから、それについてきたんです。すみません、いきなり主体性のない話で……」
「へぇ~。真白先輩と紫之先輩、仲良しですもんね」
「はい。ぼくの大事な大事なお友達です」
藍良が期待していたような話ではないのではないかという不安があったが、変わらず目を輝かせながら聞いてくれるその姿勢に安堵しつつ、創は話を続ける。
「でも、今ではぼくにもなりたいアイドル像があるんです。それは、夢ノ咲学院に入ってから出来たんですけど……」
創が照れながら笑うと「どんなアイドル像なんですか?」と藍良が更に身を乗り出す。
「えっと、ぼく、明星先輩みたいになりたいんです」
「明星先輩? 『Trickstar』の?」
突然出てきたスバルの名前に藍良がきょとんと首を傾げたので創は慌てて言葉を続けた。
「あ、えっと。『Trickstar』みたいになりたいってことじゃなくて。その、明星先輩って、見ているみんなを笑顔にしてくれるアイドルだなって思うんです。キラキラしてて、舞台の上では誰よりも輝いていて……。でもぼくは『Ra*bits』だから、『Ra*bits』の紫之創として明星先輩みたいにみんなを笑顔に出来るアイドルになりたいなって、ずっと思い続けてるんです」
話しているうちにスバルへの『好き』の気持ちが溢れ出してきて頬が熱くなる。
「大好きなんです、明星先輩のこと……」
言葉に出してみると更に頬の温度が上がった気がした。
「そっかァ。紫之先輩が明星先輩と仲良しなのは知ってましたけど、憧れのアイドル像だったんですねェ。ふふ、何だか素敵だなァ」
藍良が嬉しそうに微笑んだのを見て創もまた心が温かくなる。大好きな人の話をして、他の人が喜んでくれるならこんなに嬉しいことはないだろう。
「ていうか、ずっと気になってたんだけどォ。紫之先輩ってもしかして明星先輩のこと、恋愛的に好きだったりします?」
「……ふぇえ!?」
突然話が思いもよらない方向に向いた為、驚いて素っ頓狂な声を上げてしまう。
「うう、その、はい。その通りです。ぼく、そんなに分かりやすかったですかね……?」
ますま熱くなった頬に両手を添えながら問うと、藍良が言葉を続けた。
「ん~。紫之先輩って誰にでも好意的ですし、優しいところがみんなを惹きつけるんだろうなって思うんですけど。何か話を聞いてたら明星先輩は特別なんだろうなって思って。紫之先輩、普段からよく明星先輩の話してるじゃないですか。それで、今日の話を聞いて確信になったっていうかァ……」
「そ、そうでしたか」
「あ! 大丈夫ですよ! このこと言いふらしたりしないんで! アイドルにとって恋愛事情が公になるのはとんでもないスキャンダルだってことは重々承知してますから!」
「ふふ、白鳥くんがそんなことするなんて思ってないですよ」
少しだけ気持ちが落ち着いて来て笑顔を取り戻した創の姿を見て藍良も笑う。
「えへへェ、素敵なお話が聞けて有意義なランチタイムになったなァ。紫之先輩、これからも一緒にお弁当食べましょうね!」
「はい! 勿論です!」
「それで、明星先輩との話も聞かせてくださいね!おれ、応援しますからっ!」
「あ、あわわ、ありがとうございます……」
可愛らしい少年たちの昼下がりのひと時は穏やかに過ぎていくのであった。