※月光さん(20↑大学2年生)
※寿三郎くん(高校3年生)
※付き合ってる、やることやってる
隠れ家風を銘打った創作居酒屋の一角。
暖簾で仕切られた簡易的な個室にテーブルを挟んで向き合う男女六人。乾杯の音頭でグラスを交え、まずは自己紹介から。品定めの視線を笑顔で覆い隠し、会話に花を咲かせる。これと言って変わりのない、よくある合コンの一場面だ。参加者は皆この会合の目的を正しく理解しているし、隙あらばと、目の前の異性と親密になれるチャンスを窺っている。
たった一人、窮屈な椅子で長い足を持て余し、黙々と皿にサラダを取り分ける男を除いては。
月光がこの食事会改め合コンに参加するに至った経緯は単純なもので、幹事を務める友人から「たまには飯でも行こうよ。ちょうど今から何人かで集まるんだけど、どう?」と声を掛けられ、他に予定もないので頷いた。たったそれだけだ。彼の言う『何人か』に初対面の女性三人が含まれているのは予想外であったが、月光にとってたいした問題ではない。誰が居ようと構わないのだ。女であれ男であれ、さして興味はないのである。
月光の心を惹くものは、この世にそう多くはない。それはテニスであり、実家に暮らす家族や猫であり。本や景色、美味しい食事。それから、たった一人の恋人。
この空間に、月光の興味をひくものは何一つだって無い。六等分されただし巻き玉子を口に運びながら、恋人が作る甘くて大きな玉子焼きに想いを馳せる。人工的な花の香を吸い込みすぎないよう気を遣いながら、恋人の首筋から香る汗と石鹸の香りを恋しく思う。合コンはおろか、食事会の楽しみ方としても正しくはないが、微塵も関心を持てないのだから仕方あるまい。
しかし、何事にも動じない佇まいを得意とする月光である。そんな感情をおくびにも出さないものだから、『越知くんってなんだかクールでかっこいい』『がっつかないところが良いかも』『合コンでこんなに余裕があるなんて…モテるんだろうな』と思わせるには十分で、いつの間にか女性陣の視線は月光に一点集中している。
「あの、越知くんって休日は何をして過ごしているんですか?」
「……読書だ」
(かっこいい~!)
「あのあの、飲み放題なのにお冷やばかり飲んでいるのはどうして……!? そういう修行!?」
「……水が、好物で」
(健康的~!)
「そして、炭酸はあまり得意ではない」
(かわいい~!)
月光の一挙一動に色めきたつ女性陣に、「だよな! こいつ見かけによらず面白いよなー!」と賛同しながらも、月光を合コンに誘うのはこれきりにしようと誓う幹事の山田であった。
◇
「月光さんって友だちおるん?」
甘ったるい情事の香りが残るベッドの上。
シーツに散らばる赤茶色の癖毛を指に絡め微睡んでいた月光は、予期せぬ問いかけに髪を撫でる手を止めた。
「月光さん、友だちと遊びに行った話なんかせぇへんやろ? 俺に遠慮しとるんやったら申し訳ないなぁ思いまして」
寿三郎はそう呟き、くあ、とあくびを漏らす。赤い目元はとろんと蕩けており、今にも眠りについてしまいそうだ。眠いけれど、もう少しだけ月光とお喋りをしていたい。そんないじらしい葛藤を感じ取り、月光の胸は高鳴る。それも、表情には出さないのだけれど。
「心配せずとも、友人はいる……筈だ」
月光にしてはハッキリとしない物言いに、寿三郎はケラケラと笑う。それから得意気に「友だちは大切にせなあかんよ」なんてアドバイスをしてみせるが、その言葉にあまり説得力はない。寿三郎だって交友関係こそ広いものの、親友と呼べる存在などいないのだ。「善処しよう」と返し、一旦はこの話題に区切りをつけた月光であったが、恋人に気を遣わせたままというのもなんだか落ち着かない。そこでふと頭に浮かんだのが、先日友人に誘われて参加した食事会のことである。
「……先日、食事に行った」
「食事? お友だちさんとです?」
こくりと頷けば、寿三郎は途端に目を輝かせ、勢いよく体を起こした。
「月光さんとお友だちさんの話、聞きたいです!」
どんな店です? 何食べたん? メンバーはやっぱり大学の人ですか? 月光さんがお友だちさんと何話すんか、これっぽっちも想像つかんわ! と、矢継ぎ早に飛び出す質問に、月光はひとつひとつ答えていく。
創作料理を主とする居酒屋で、声を掛けてきたのは同じ学部の友人であるが、指定通り店に向かえば見知らぬ女性が三人と、もう一人共通の友人がいた。そこまで伝えたところで寿三郎を見やると、なぜか気の抜けたような顔をしている。
「……毛利? どうした」
「……へ? ……あ、えっと、何でもないです! 続けてください」
顔を覗き込めば、すぐさま人好きのする表情でにっこりと微笑んでみせるものの、その笑顔はどこかぎこちない。
不審に思いながらも、女性陣とは初対面であったからまずは自己紹介から始め、あとは殆ど中身の無い会話をしていたと説明を続けるうちに、寿三郎の顔色はどんどん青ざめていき、ついには完全に俯いてしまう。
「毛利、どこか具合が悪いのか?」
「ちゃいます、けど……」
「しかし、明らかに様子がおかしい」
そっと肩に触れれば、おずおずと頭が持ち上がる。切なげに歪んだ眉の下で、大きな瞳が不安げに揺れる。
「……あんな月光さん。それは多分、合コンってやつです」
「合コン……」
合コン、合同コンパ。それは出会いを求める男女が集まり、飲み食いをするような会であると心得てはいるが、そんな会に参加した経験のない月光は首を傾げる。いや、寿三郎の推測によると月光が参加した食事会は合コンであるらしいのだが。しかし月光は女性との出会いなど求めていない。たった一人、寿三郎さえいれば、他に何も必要ないのだ。
「あはは……俺、心狭すぎっすね。みっともなくてすんません。月光さんにお友達が増えて良かったです……」
「毛利」
「……月光さん? えっ、なに笑っとるん!」
指摘されて初めて、月光は己の頬が緩んでいることを自覚した。と言っても、寿三郎にしかわからない程度の些細な変化ではあるのだが。
「月光さんほんま呑気やわ。合コンの自覚ないんもたち悪いし。俺にこんな思いさせて、ニヤニヤしやって」
「すまない。しかし嫉妬されるというのも、たまには良いものだな」
「ふん。月光さんなんかもう知らん。俺かて大学生なったら合コンでも街コンでも行ったる」
ぶすくれた表情で枕に顔を埋める寿三郎から不安の色は幾分薄れ、代わりに彼の甘えたがりの部分が顔を覗かせている。
「心配せずとも、新たな出会いなど求めていない。お前しか必要がない」
「……そんなんわかってますし」
「お前にも、そんな出会いの場など必要ないと思わせられるよう善処する」
「あは、力ずくで閉じ込めたりせんところが月光さんらしいわ」
「社会勉強的な意味でちょっと行ってみたいのは事実やね」といたずらっぽく笑う寿三郎の方がよほどたちが悪いとは口には出さず。この気分屋がどこにも行かないようにと願いながら、すり寄る体を抱きしめる月光であった。