コンコンと、控え目に戸を叩く音が二回。
「雲さん、夜分遅くにすみません。少しよろしいですか?」
戸を隔てた先からくぐもった声が聞こえて、よいしょと立ち上がる。ドアノブを捻り内開きの戸を開くと、部屋着姿の雨さんがスマホを片手に立っていた。
「いらっしゃい、雨さん」
同じ家に住んでいるのに「いらっしゃい」はおかしいかも……? なんて自問自答をしてみるけれど、雨さんと目が合って、その端正な顔がほころんだ瞬間に、細かいことはどうでもよくなった。
薄紫の頭の上にはピンッと立った犬耳が、細い腰のあたりにはブンブンと左右に揺れる尻尾が見えるようだ。あくまでイメージで、実際に犬の姿をしているわけじゃない。雨さんは俺と同じ、『ひと』の姿形をしている。
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