実は猫ってかなり嫉妬深いらしい──世間がゴールデンウィークで浮かれている頃。
「動物園………やっぱり混んでるなぁ」
「獣臭い……」
立香と伊織は連休を利用してとある有名な動物園に来ていた。様々な種類の動物達が飼育されているここは、連日家族連れやカップルなどで賑わっている。
しかし伊織は立香とは真逆のテンションといったような雰囲気で、今すぐにも帰りたいというオーラを全身から醸し出していた。
「俺が居るのに他の獣に構う必要なんて無いだろう。浮気だ浮気」
「いや、動物園に来たのは単純にチケットが当たったからだし……それに動物園なのに動物と触れ合わないって、本末転倒過ぎでしょ」
「……」
正論を言われてしまったようで、伊織はぶすくれながら黙り込む。
そんな彼の様子に苦笑しながらも受付を済ませて中に入った。
中に入ると、早速目の前に大きな檻が現れる。中にはトラやライオンといった猛獣が飼育されていた。
伊織はまるで親の仇でも見るかのような目でそれらを見つめている。
(猫又だから対抗心でもあるのかな?)
そんな事を考えながらも、とりあえずライオンの檻から離れて他の場所に向かう事にした。
次に見えてきたのはキリンやシマウマなどの草食動物がいるエリアだ。
「わぁ……」
思わず感嘆の声を漏らす。背の高い彼等は首を伸ばして優雅に歩いていた。
「可愛いね」
「そうか?元の俺の方が可愛いだろう」
「はいはい」
適当に流しながら歩いていると、今度は猿山が見えてきた。
そこには野生を忘れたかのようにゴロゴロしている猿達の姿がある。
「ぶふっ、なんかおっさんみたい」
「猿など所詮は低俗な動物だ」
吐き捨てるように言う伊織に苦笑しつつ、猿山の前を通り過ぎる。
続いてはペンギンコーナーだ。
「可愛い……」
「飛べない鳥などただの餌だ」
「伊織だってお風呂苦手な癖に」
ペンギン達がペタペタと歩いている姿に癒されながら、2人は次のエリアへと向かう事にした。
***
その後は爬虫類や鳥類などを見て回った後、屋台でアメリカンドッグやホットドッグ、唐揚げなどの軽食を購入して腹拵えをする事にした。
「ん、美味しい」
「まぁまぁだな」
むぐむぐと大きなアメリカンドッグを咀嚼する伊織は、先程よりかは幾分機嫌が良さそうだ。
「私のホットドッグも一口食べる?」
「いいのか?」
「うん」
ホットドッグを差し出すと、伊織はがぶりと齧り付いて咀嚼する。そして口元に付いたケチャップをぺろっと舐めた。
「んむ、悪くはない」
(素直じゃないなぁ)
そんな彼の様子を微笑ましく思いながら、自分もホットドッグに齧り付く。ウィンナーのパリッとした食感と、ケチャップにマスタードの組み合わせが堪らない。
そして腹が膨れた後は再び園内を回る事にしたのだが……。
「あ、ふれあい広場だってー」
「却下だ」
即答された。まぁ予想通りだが。
「じゃあ伊織は待ってたら?私一人だけで行ってくるし」
「なっ……番の俺を差し置いて他の奴を撫でに行くのか!?そんなの許さないぞ!」
フーッ、と、元の猫又姿だったら確実に毛を逆立てて威嚇しているであろう伊織は、これ以上無いくらい不快そうな表情だ。
「だから動物園はそういうとこなんだってば。それにお金払ってるのはみーんな私なんだけど?」
「ぐっ……」
「ほら、行くよ」
そう言って手を取ると、渋々といった様子で付いてくる。その様子に苦笑しながらもふれあい広場へと向かった。
***
「わぁ……」
そこには様々な種類の動物達がいた。ウサギやモルモット、ひよこなどの小動物から、猫や犬などのペット類、ヒツジやヤギまで。
「可愛い……」
思わずそう呟くと、伊織は「俺の方が……」とブツブツ言っている。
そんな彼をスルーして、まずはウサギから撫でる事にした。
「わぁ、ふわふわだ〜」
真っ白なウサギを抱き上げて膝の上に乗せると、その子は鼻をヒクヒクさせながら擦り寄ってきた。とても可愛い。そして柔らかい。
「癒される〜」
そのままウサギを撫でていれば隣から視線を感じてそちらを見ると、伊織が面白くなさそうな顔でこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「……別に」
そう言いながらも視線はウサギに向けられている。どうやら嫉妬しているようだ。
「ほら、伊織も撫でてみなよ」
「嫌だ」
即答である。よっぽど自分以外の動物を立香が可愛がるのが嫌らしい。
まぁ嫌ならばしょうがない、と立香もそれ以上は強要せずにウサギを膝から下ろしたのだが……。
「にゃあ〜ん」
「わ、わ!可愛い〜♡」
突然現れた白猫が、甘えるように擦り寄ってきた。そのあまりの可愛さに思わず抱き上げて頬擦りすると、白猫はゴロゴロと喉を鳴らしている。
「ふにゃあ〜」
「あはは、くすぐったいよ」
猫特有のザラついた舌で頰を舐められて擽ったい。しかしそれがまた可愛くて仕方が無いのだ。
「懐っこいね〜」
「にゃあ」
白猫は返事をするように鳴くと、ふと横を見てふふん、とドヤ顔をしたように見える。しかし次の瞬間───
「ふぎゃあっ!?」
「わっ!?」
驚いたようにぼわっと毛を膨らませると、白猫は慌てて逃げていった。
一体何だったんだろうと思いつつ伊織の方を見遣れば……彼は無表情だった。
「えっと……伊織?どうしたの?」
「……別に」
明らかに不機嫌そうな声色に、これはまずいと感じる。
「もしかして怒ってる?」
「……別に」
いや絶対に怒っているだろう。
「その……ごめんね?」
「……ふん」
謝るも、伊織は顔を背けたままだ。これは暫く拗ねているかもしれない。
「えーと、もう出るから」
「……」
伊織は無言のままだ。これは相当怒っているらしい。
(参ったな……)
どうやって機嫌を取ろうか考えながら、とりあえず気まずい雰囲気のままふれあい広場を出る。
そしてそのままお土産屋に入ると、伊織はようやく口を開いた。
「何か買うのか?」
「うん。記念にね」
そう言ってキーホルダーやお菓子などを買い込む。その間、伊織はどこか不機嫌そうにしていたが何も言わなかった。
「ん?」
ふと、彼の視線が一点に注がれているのに気付いてそちらを見る。そこにはフチをちょこんと立てて耳に見立てている、コロンとしたフォルムが可愛らしい猫のマグカップが置いてあった。どうやらペアセットのようだ。
「これ、可愛いね」
「……買うのか?」
「うん。せっかくだし」
そう言って二つセットのマグカップを買うと、そのまま車に乗り込む。そして帰宅してすぐに自室に向かった。
***
「はい、片方は伊織用ね」
「……え?」
買ってきたマグカップを手渡すと、彼はきょとんとした顔でこちらを見た。
「せっかくペアセットだしさ。お揃いって事で」
「……いいのか?」
「うん」
そう言うと、伊織は恐る恐るといった様子でマグカップを受け取った。そして大事そうに両手で包み込むと、嬉しそうに微笑む。その笑顔に思わずドキッとした。
「ありがとう……大事にする」
「うん」
喜んでくれたようで良かった、と安堵する。しかしそれも束の間の事だった。突然マグカップを机の上に置いた伊織がこちらに近付いて来たかと思うと、そのまま抱き着いてきたからだ。
「え?ちょ、ちょっと!?」
慌てる立香をよそに彼は更に強く抱き締めてくる。その力強さに思わずドキッとしたが、何とか平静を装って声をかけた。
「い、伊織?」
「……」
返事はない。代わりに首筋に顔を埋められて匂いを嗅ぐように擦り寄られた後、ボソリと呟かれた。
「俺以外の雄の臭いがする……」
「え?」
何を言っているんだろうと思って自分の身体の臭いを嗅いでみるが、特に変な臭いはしない。しかし伊織は納得していないようだった。
「風呂に入るぞ」
「え?でもまだ夕食前だし、せめて食後じゃ……」
「駄目だ」
有無を言わさず抱き上げられて脱衣所へと連れて行かれる。そしてそのまま服を脱がされて浴室へと放り込まれた。
「ちょ、ちょっと!?」
慌てて抗議するも無視されてしまい、あれよあれよという間に裸に剥かれてしまう。そして伊織も服を脱ぎ始めたのでギョッとした。
まさか一緒に入るつもりなのか!?と驚いている内に彼は全裸になってしまい、そのまま入って来て扉を閉めてしまう。
「い、伊織……さん?」
「話はお前の身体を"隅々"まで洗ってからだ」
「ちょ、ちょっと待って、心の準備が──」
「必要ない」
「あっ───!!」
・
・
・
「うぅ……ひどいよ伊織……」
「ふん」
結局あの後、本当に隅々洗われた挙げ句に美味しく頂かれてしまった。おかげでクタクタである。
しかし当の伊織は満足そうな表情を浮かべていた。まぁ機嫌が治ったのなら良いのだが……。
「次は寝室でするぞ」
「え?まだやるの?」
「当たり前だ。今日は徹底的にマーキングしてやるからな」
そう言ってニヤリと笑う彼に、思わず顔が引き攣るのを感じたのだった。