この感情に名前はまだない◇
サクサクの歯ごたえと共に品の良い甘さと濃すぎず、程よい抹茶の苦み味が口に広がる。焼きたてのそれを受け取った時に感じたずっしりとした重みから、思った以上に餡が詰まっていて食べ切れるだろうかと危惧したが気づけばぺろりと平らげていた。
「──成る程、確かに人に薦めるだけのことはある」
脳裏に過ぎる朗らかな笑顔。
ほんの一瞬、締まりの無い顔を浮かべたような気がしてそれを誤魔化すように口元を拭い、備え付けのゴミ箱に折り畳んだ包み紙を捨て、足早に店を出た。
ティルナノーグユースに向かう為のバスに乗り込み、車窓をぼんやりと眺める。
夕暮れが近づく放課後の帰り道、滅多にしない買い食いをしたのは、ただの気まぐれに過ぎないが、不思議と心も満たされたような気がした。
5770