諸星ナマエと面堂終太郎は『友人』である。
初対面時こそ面堂の迂闊な発言で、ナマエと彼の関係性は良好なものとは言い難かったが、のちに色々とあり(具体的に言うと空き教室の泣き叫ぶロッカー内にて双子の兄あたるの手で閉じ込められた面堂を発見したり、宇宙人やら妖怪やらのトラブルに巻き込まれたりなど)、現在では「友達の面堂」「友人の諸星妹」とお互いを紹介できるほどだ。
そんな2人の仲を面白く思わない人間が1人。
「おい、ナマエ。お前、まさか面堂と付き合っとるんじゃなかろうな」
「……なんて事言うのよ、あたるのやつ」
「それで朝から不貞腐れてるんだ」
三宅しのぶはそう言いながら、膨れる幼馴染の頬をつついた。
ちなみに、不機嫌の原因である諸星あたるは宇宙から来た押しかけ鬼女房ラムに追い回されて学内を逃走中である。
ナマエとしのぶを含む2年4組のメンバーは『いつものこと』なので、各々休み時間を好き勝手に過ごしている。
「アイツと来たら『男と女』と見るだけで全部そういう話に持っていくんだから。大体、人のこと言う前に自分の行動を省みなさいっての」
むすっとした表情で兄への愚痴をこぼすナマエの言葉を、しのぶは「確かに」と全面的に肯定した。
彼女自身も、あたるの女癖の悪さは我が身を持って散々経験している。
「まぁ、それはそうとして実際どうなの?」
「どうって?」
「面堂くんとのことよ」
むすっとした表情から一転、ナマエはキョトンとした表情になる。
(子供の時みたいにあたるくんにベッタリじゃなくなったけど、昔からこういう表情は兄妹そっくりなままなのよねぇ。言うとまた膨れちゃうから言わないけど)
しのぶとて、面堂に対して『憧れ』や『素敵だわ』とは思っているものの、浮きに浮きまくり地に足ついてないレベルの兄と違い、そういった『浮いた話』というのがほぼ全く出てくることがない親友の恋愛事情は正直気になる。
普段なら「ナマエの恋愛?はっ!妹の恋愛関係なんてオレが知るもんかねぇ〜!聞きたくもないわい!!」とでも言いそうなあたるが、わざわざ尋ねる。
すなわち、少なくとも彼には『そう見えるぐらいには面堂と双子の妹』の仲が良く見えているということだろうし。
一方、尋ねられた当人は「しのぶは面堂のこと好きだから気になるのかな?あとなんか急に静かになったな」と妙に静かになったクラスメイト達に首を傾げつつも平然と答えた。
「いや、全然。そういうのじゃないよ」
「まぁ、それはそうよね」
「そういう雰囲気じゃないものね」
「よし!」
「やったな!」
途端に教室内の女子達はホッと胸を撫でろしてからおしゃべりに戻り、男子達からは歓喜の声が上がる。
ハイタッチを交わしたり、ガッツポーズを決めたり、天に向かって感謝の祈りを捧げたり、彼らの喜び方の表現はそれぞれだ。
何せ『あの』面堂が!ラムちゃん以外の女子に恋愛対象とされていないのである。
女子達と違い、日頃の面堂への恨みやらやっかみがある男子にとって、これほど愉快なことはない。
更に、相手は学内でもトップレベルの美少女とはいかずとも「諸星さんって男子にも分け隔てなく優しいし、よく見たら結構可愛いよな」みたいな感情を多数の男子に抱かれている諸星ナマエである。
「これなら自分にもチャンスはあるかも!?」とか浮かれたこと考えてたり考えてなかったり。
「面堂だってそうでしょ?」
そんな調子で歓喜に湧く姿を不愉快に思うと同時に、困り果てている唯一の男子。
今まさに話題の中心におり、ナマエから話を振られた面堂終太郎その人だ。
実は、彼は少女2人の会話を横でずっと聞いてた。自分の名前が思わぬ形で出てきたことに動揺していたら、口を挟むタイミングを逃してしまったのである。
「いや、そうだなぁ……」
返事しながらも、やっぱり彼はすごく困った。
だって、諸星ナマエのことを「結構可愛い」どころか、初めて会った時から「とっても可憐だな」と思っていたから。
面堂終太郎といえば、理性的で『女性の味方』を自称しており、整った容姿を持ち、頭も運動神経も良く、実家はとんでもない規模のお金持ち。まぁ、モテる。当人もその自覚がある。
男には異様に厳しいので、こういう時に愉快がられる羽目になる。
そんなモテる男な面堂を前にしても、靡かない女子生徒が友引高校には複数存在していた。
その筆頭は、面堂にとって因縁の相手でもある諸星あたるを「ダーリン」と呼び慕うラム。そして、諸星ナマエも面堂に靡かない女子の1人。
『女性の味方』である彼はその実、ラムの用意した装置やらで『諸星あたると変わらぬレベルのアホ。そして同じぐらいの異様なまでの女好き』でもある。
素敵な女性はとりあえず口説く姿勢。言い換えれば節操なし。
そう、そんな節操なしで女好きな面堂にとって『諸星ナマエ』は当たり前のように『素敵な女性』に分類されているわけだ。
他の男子達は「よく見たら結構可愛い」と称する容姿は、彼に言わせれば「よく見なくてもとっても可憐」だし、トラブルに巻き込まれ続けたせいか、大したことで動じなくなった精神は落ち着き(別名図太さ)があり、魅力的だと思う。
友引高校に転校してきてから出会ったインパクトの強い女性達とは違い、逃げ足の速さこそあれど非力なところ(当人が聞いたら「他が異常なんだよ」と言う)なんて庇護欲が湧く。
だからこそ、彼は困っていた。
女好きの面堂としてはここで「君は素敵な女性だ。魅力を感じている」と素直に言ってしまってもいいのだが……。
「面堂?面堂さーん?」
腕組みしたまま「うーーん……」と頭を悩ませる友人を、ちょいちょいとナマエがつついた。
「ん?あ、ああ……なんの話だったかな?」
「だから、面堂と私が付き合ってるどうのって。無いよねぇ」
いや、アリだが。大いにアリ。
いつもならスルリと出てくる口説き文句が、諸星妹の瞳を見つめていると、どうにも喉に引っかかって出てこない。
彼女は彼女で「そうだな、ボクたちは友人だからな」なんて言葉が返されると思っていたようで。
(何をそんなに考え込む必要が?)と友人の姿を不思議そうに見つめる。
悩む男子と不思議がる女子。2人の男女を見比べていたしのぶは、面堂の煮え切らない様子にムッとしたような表情を浮かべて口を開く。
「面堂くん、何か言ったらどうなの?」
「し、しのぶさん?」
「ナマエのこと、どう思ってるの?」
「え、いや、その」
グイグイと突っ込んでくる女性の剣幕に、彼はたじろいだ。
この男、女性の味方であるが故に女性が弱点でもあるのだ。
「しのぶ、そんなに問い詰める内容でも……」
自分が原因で、追い詰められる姿を憐れんだのかナマエがしのぶを嗜める。
「ナマエは黙ってて。こういう時はハッキリさせないとダメなのよ」
「はい……」
まぁ、一瞬で撃沈した。
「で?面堂くん、どうなの?ナマエのことは好き?」
「話の内容が変わってる……」
(ボクもそう思う)
面堂もナマエがポツリと溢した言葉に内心同意した。
彼女は『黙ってなさい』とでも言うような視線一つで「もう余計な口は挟みません」と言わんばかりに慌てて口を閉じてしまったが。
こちらはこちらで、幼馴染が弱点である。
(どうしてこんなことに……)
いつの間にかはしゃいでいた男子たちも、楽しいおしゃべりに戻ったはずの女子たちも、教室中の視線が自身に向けられていることを自覚した面堂は、じっとりと背中に嫌な汗をかいた。
これではまるで公開告白である。
「ぼ、ボクは」
確かに、確かに、諸星ナマエは『とっても可憐なで魅力的な女性だと思っている』と言ってしまえば、それで済むだけのことなのに。
内なる面堂が声を発した「女性の味方、諸星妹の友人として言うべきは『ボクたちは友人だ』である」と、一方でまた別の面堂が声を上げる「果たしてそれは誠実であろうか?ここは友人としても嘘を告げるべきではなく、素直に『可憐だ。交際だってアリだ』と伝えるべきでは?」、その他にも「いや、諸星妹は『直接的に口説かれると兄の姿を思い出す』と顔を顰めていた時もあったぞ」「だからと言って嘘を言えというのか?」などと議会は白熱していく。
脳内議会や教室の空気にオロオロと視線を彷徨わせたうちに、諸星ナマエの唇を視界に入る。途端に面堂(本能)が「今なら隙だらけだ!勢いに任せて接吻してしまえ!!」と大声で叫んだ。
面堂(本能)は、他の面倒たちから総出でタコ殴りにされた。
「さぁ!面堂くん!どうなの!!」
何故か当人たちより白熱した雰囲気のしのぶが声を張り上げた。
脳内会議(現実逃避)より引きずり戻された面堂は、改めて諸星ナマエ見る。
彼女は、幼馴染の方を見てからゆっくりと面堂を見上げた。
揺れる瞳。
困惑したような表情。
どこからどう見ても『不安です』と言わんばかりの女の子の姿。
面堂はその瞬間、声を張り上げた。
「諸星妹!!」
「はい……?」
面堂家の男児たるもの。いや、1人の男として『可憐な女性』を不安な目に遭わせるなど彼としては一生の不覚である。
(ええい!もうこうなればなんでもいい!今思い浮かんでいる言葉を思う存分ぶちまけてやろうではないか!!そうすれば、少なくとも今この瞬間の諸星妹が追い詰められるような状況は改善されるはず!!)
面堂はそう考えた。
世間ではそれを『勢い任せ』と言う。
「ボクは!キミのことを!!」
ごくり、と誰に唾を飲み込む音がする。
「き、キミのことを!!!」
ガラリ
決心した男の言葉は教室の扉が開く音に切断された。
「お?なんだ?」
教室中の視線が扉を開けた男、諸星あたるに向かう。
「ダーリン!!まだ話は終わってないっちゃ!!」
「お前は本当にしつこいなぁ。それよか、なんでこんな静かなんだ?」
宙に浮きながら後をついてくるラムを、しっしっと追い払うように手を振りながら教室の中へと入り、手近な位置にいた男子生徒に声をかける。
「静かも何も……」
「あたる、お前って奴は……」
男子達は、揃いも揃って白けたような視線をあたるへと返す。
というか、教室中男女問わずラムとあたるを除いた全員が白けていた。
「な、なんだよ。オレが何かしたってのか?」
「ムード台無しって感じだよな」
「いいとこだったのにぃ」
「解散解散っと」
先程までの緊迫感がなくなってしまった生徒達は大きくため息をつきながら、それぞれが次の授業準備のために動き始める。
「なんだってんだよ……」
「ダーリン何かしたのけ?」
「何もしとらん!!」
当たり前だが、あたるにもラムにも色々なものをぶち壊しにした自覚はない。
しかし、
「も・ろ・ぼ・しぃ……」
ぶち壊しにされた側はたまったものではない。
「め、面堂?」
「貴様というやつは、いつもいつも全てを台無しにしよって……」
ゆらりとあたるの前に立ちはだかった面堂は、ゆっくりと鞘におさまったままの刀を取り出す。
「おい、落ち着け面倒。何をそんな怒っとるんだ……?」
「やかましい!!そもそも、そもそもだ!こんな事になった原因自体が貴様だ!!今日という今日は許さん!!叩っ斬ってくれる!!!!」
怒声と共に刀が抜かれ、面堂終太郎の怒りを表すようにギラリと光輝いたのであった。
「で、実際あのまま面堂くんに告白されてたらどうする気だったの?」
「うん?そうだなぁ、どうしてたんだろうねぇ」
「ナマエ、なんか耳赤いっちゃ」