「昔っから犬や猫を拾ってくるやつとは思っていたが……」
諸星あたるは、双子の妹であるナマエとの数々の思い出を脳裏によぎらせてから、妹の腕の中を見て「はぁ……」と大きくため息をついた。
「なによ、その目は」
「流石に見境なしすぎないか?」
呆れたようなあたるの言葉に、ナマエは腕の中にある壺から顔を覗かせた『それ』に話しかける。
「女と見れば見境なしの男に言われてもねぇ?」
「ええい!『タコ』に同意を求めるな!」
壺、もといタコ壺から顔を覗かせた『タコ』は「ちゅう」と同意するように一鳴きする。
「大体タコなんて、どうやったら拾って来れるんだ……」
「こいつ壺に入っとっておもろいなぁ」
「海にでも行ってきたっちゃ?」
興味津々と言った様子で、ナマエが連れ帰ったタコを眺めるのは諸星家の押しかけ居候インベーダーなラムとテンである。
ラムの問いに、ナマエは首を横に振る。
「ううん、道にこの子が壺ごと落ちてたの」
「タコが?」
「タコが」
兄が真顔で問えば真顔で返す妹。
「落ちてるからって拾ってくるもんかねぇ」などと、ぶつくさ言い出すあたるを横目にナマエはラム達と話し始める。
「家で飼うっちゃ?」
「それもいいかと思ったんだけど。見てよ、これ」
そう言うとナマエは、タコに「少し退いててね」と声をかけ、壺の外に出すとくるりとタコ壺の底を上に向ける。
壺の底には印が刻まれていた。
「……ひょっとこだな」
「そう、ひょっとこなの」
「見覚えがありすぎるっちゃ」
「面堂の家にあるやつやな」
ひょっとこの家紋を背に「我が面堂家はタコと共に繁栄してきたのだ!」そう高らかに宣言する『タコを愛する御曹司』面堂終太郎の姿が、その場にいた全員の頭の中に浮かんだ。
「どうりで妙に可愛くない顔しとると」
「チューー!!!!!」
あたるが呟けば、タコが抗議するように一際大きな鳴き声を上げる。
「えー?可愛いと思うけどなぁ。チュウ太郎」
「……なんだその間の抜けた名前」
「面堂の家のタコちゃんだから『面堂チュウ太郎』って呼ぼうかと。なんとなく面堂に似てるし」
「ほら」とタコを持ち上げ、あたるの顔へとずいっと近づけるナマエ。
あたるは、暫くタコと見つめあってから口を開いた。
「妙に腹の立つツラしとるのは似とるが」
途端にブシャー!という音と共に、彼の視界は黒く染まった。
「墨吐いたっちゃ」
「タコだもの」
「まぁ?迷子のタコ?」
「面堂の家のタコちゃんじゃないかと思って、電話したんだけど」
ひとまずタコを掴んで暴れようとした兄を退けたナマエは、面堂家に電話をかけていた。
友人である面堂に連絡を取れば、タコを迎えに。あるいは、保護に来てくれるかと考えたのだが、電話に出たのは妹の了子だ。
「兄に聞けば、タコたちについてもすぐ把握できると思うのですが……。実は、朝方に外出してから行方不明でして」
「え!?面堂、行方不明なの!?」
「そうなんです。護衛の者たちと外出したのですが、曰く『気がついたら若のお姿が見えなくなり』とのことで。今家の者総出で探していますの」
ギョッとするナマエとは裏腹に、実兄の一大事と思われることにも、了子は非常に落ち着いており「仕方のないお兄さま」と言わんばかりである。
「それは大変だね。了子ちゃん、心細かろうに……。オレが側についててあげるからね!!!」
「あら?」
受話器向こうからの突然の素っ頓狂な男の声。
そして、次の瞬間に聞こえる『ドバババ!』と電気を放つ音。
一瞬の静寂の後に、受話器からは再びナマエの声が発された。
「ごめん、うちの兄が」
「相変わらず愉快な殿方ですこと」
「うーん、タコ壺の底に面堂のお家の家紋が入ってたんだけど……。面堂が見つかってからの方がいいかな?」
「面堂家の家紋?……ナマエ様、明日そのタコやタコ壺と共に我が家にお越しいただけますか?」
「え、今大変そうなのにいいの?」
「ええ、かまいませんわ。では、また明日」
「うん、ありがとう了子ちゃん!」
「そんなわけでチュウ太郎が我が家に一泊することになりました」
「もうすっかりその名前が定着しとるんだな……」
「ラムちゃん、タコって何食べるんや?」
「確か、魚とかのはずだっちゃ」
「食わんなぁ」
「他の魚がいいのかな?確か、お父さんの晩酌用のお刺身があったはずだから持ってこよう」
「タコに刺身とは勿体無い。オレが食う」
「アンタの分はない」
元は父の分である。
「はい、あーん」
「食べたっちゃ」
「贅沢なやっちゃなぁ」