春風とオオカミくんには騙されない(1)春風とオオカミくんには騙されない(1)
東京、某所、某日…
私は指定された場所で、タクシーを待っていた。
程なくして、タクシーが来た。
中には、番組のスタッフと思われる女の人がいた。
「おはようございます」
私は女の人に挨拶する。
「おはようございますー!小宮山澄花ちゃん…だよね?」
「はい」
「積もる話は後にしようか。とりあえず乗って」
私は言われるままに、タクシーに乗った。
タクシーに乗ってすぐ、女の人が私…小宮山澄花に話しかけてきた。
「改めて澄花ちゃん…『春風とオオカミくんには騙されない』の出演、引き受けてくれてありがとう!」
遡ること2週間前…
私はコンビニでレジ打ちのバイトをしていた。
私の担当レジにお客さんが来た。
「いらっしゃいませ」
「タバコ。32番1つください」
そう言ったのは、若い男の人だった。
「ありがとうございます…」
私は32番のタバコを1つレジに出した。
「あ、お嬢さんそれと」
「はい?」
「…年齢をお聞きしたいのですが」
「…?17歳です」
「とすると、高校生ですかね」
「はい、高校3年生ですが…」
何だろう、この人…と思いながら会計をする。
「つかぬ事をお聞きしますが、今日バイトは何時までですか?」
男の人がまた話しかけてきた。
「…今日は16時で上がりますが」
「そうですか。…もうすぐですね、駐車場で待ってます。あなたに話があるんだ」
あの、あなたなんなんですか?と聞く前に男の人は立ち去って行った。
そして16時になった。
「やあ」
バイトが終わって裏口から出てきた私に、またあの男の人が話しかけてきた。
「…あの、話って」
「その前に場所を変えようか。話、結構長いから」
「は、はぁ…」
初対面の人にこの人は一体何を話すんだろう。
「まずは俺の車に乗ってよ。」
言われるがままに私は男の人の車に乗ってしまった。
私たちはコンビニから車で5分くらい離れたファミレスに来た。
「…ところで、君の名前を聞いてなかったね」
「…小宮山です。小宮山澄花」
「じゃあ澄花ちゃんって呼ぶね。…君にとってちょっといい話があってね。その前に、僕の名前を言ってなかったね。僕は佐藤和幸っていいます。」
「…はぁ…」
「…本題に入るよ。僕は『オオカミくんには騙されない』っていう番組の監督をやってるんだけど…そもそもこの番組知ってる?」
「あ、知ってます!この前雑誌で特集されてたのを友達が見てて…」
「知ってるなら何よりだ。…で、何が言いたいかって言うとね…澄花ちゃん、『オオカミくんには騙されない』に出てみないか?」
私は一瞬何を言われたかわからなかった。
「え…私テレビとかそういうの未経験ですけど…そもそもそういうのって事務所に所属している子が出るんじゃないですか?」
「…実は今回から出演の女の子を1人、一般公募してるんだよ。1000人近い応募があったんだけど、番組に求めていた子とはみんな違ってね。」
「でも番組スタッフとかならまだしも…キャストとして出演するんですか?一般人の私が、いいんですか?」
「…澄花ちゃん、僕はね。タレントの卵をキャストとして起用することで視聴者にとって身近な番組である『オオカミくん』を作りたかったんだ。…でも、今回事務所にも所属していない、全くの未経験の子をキャストにすることでさらに番組を身近な存在にしたいんだ。」
「…私じゃなきゃダメなんですか?」
「今日君に初めて会った時、君の持っている独特な魅力にとても惹かれたんだ。…番組は、途中辞退しても構わない。君しかいない。頼む」
佐藤さんは、私に向かって頭を深く下げた。
私は、一拍置いていった。
「…わかりました。引き受けさせてください。」
佐藤さんは頭を上げた。
「ありがとう澄花ちゃん!…それで何だけど…番組で一定期間、何かをキャスト全員で作る企画があるんだ。その期間内、あまり学校やバイトには今まで通り行けなくなるかもしれないんだけど…大丈夫かな?」
「それなら心配ありません。進路はもう決まってて…うちの高校、進路が決まったら学校は自由に来ていいっていうルールになってるんです。バイトも店長に言えば、融通は利くので」
「…それなら大丈夫だね。やっぱり君を誘ってよかった。よろしくお願いします、澄花ちゃん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
そして、今に至る。
「メイクと衣装は現場に用意してあるから、着いたらまず澄花ちゃんの控え室に行くよ。」
女の人が私に言った。
「それから番組の中で呼ばれる名前だけど…」
「はい、先日メールで打ち合わせした通り『すみか』で大丈夫です」
「よかった…あ、そろそろ着くよ」
タクシーは現場にだんだん近づいていた。
着いた場所は、桜が綺麗に咲くおしゃれな教会だった。
「澄花ちゃん、控室こっちだよ〜」
女の人に案内されるままに控室に向かう。
そこでメイクと用意された衣装に着替えた。
「…もうすぐ他の女子メンバーが来るから、本番撮る場所で待ってようか。」
私が控室でお茶を飲んでいると、女の人とは別なスタッフさんが私に声をかけてきた。
「ここからは番組スタッフの指示に従って行動してください、よろしくお願いします!」
「はい」
私は控室を出た。
「1回止まってください!ここから足元カメラ撮ります!」
本番を撮影する場所がある扉が見える場所で指示があった。
私は指示通り一旦足を止める。
「ここから澄花ちゃんの胸元のマイクの音声入れます!」
「澄花ちゃん入ります!」
「本番4,3,2,1!」
カチンコの鳴る音が響く。
私は扉の前までゆっくり歩いた。
そして、扉を開いた。
そこは、5人分の椅子が置いてある場所だった。
「…誰もいない」
私は椅子まで歩いて、そのまま椅子に座った。
ここから、私の恋が始まるのだった…