春風とオオカミくんには騙されない(9)春風とオオカミくんには騙されない(9)
2週間後。
「おはよう」
私はいつものように作業場に行く。
「おはよう〜」
「…今日もかのはいないか」
私がそう言うと、作業場に沈黙が漂った。
「あの日からTwitterもインスタも更新ないね…」
まおが携帯片手にそう言った。
「電話も無し、LINEも既読無し…」
「本当にどうしたのかな?」
その時だった。
「大変!大変!大変だよー!!」
あいなが慌てるように入ってきた。
「あいなおはよう」
「おはよう!じゃない!大変だよ〜!これ見て!」
あいなが作業場のテーブルに雑誌を置いた。
「…これ!ここ!」
持ってきたのは今月号の『eighteen』だった。
あいなが指さしたのは、雑誌の最後の方にあるモデル紹介のページだった。
そこに、写真の無いコーナーがあった。
「…え」
『今月号をもちまして、eighteen専属モデル 福寿花野はeighteenを卒業します。他雑誌への移籍の予定は現在ありません。彼女の今後に期待いたします eighteen編集部』
「…卒業?」
「他雑誌の移籍の予定は無いって…モデル辞めちゃうのかな?」
「てかどうすんだよ、これから」
こうたくんがそう言った。
「作品制作はもうかなり進んでるから俺たちだけでも大丈夫だけどよ、中間告白とかどうすんだよ」
「確かに…中間告白までもう日数ねえな」
「…さっきからずっと黙ってるゆきは何か知ってるんじゃねえのか?」
みんなの目がゆきくんに向く。
「…そうだよ。かのちゃんが来なくなったのは俺のせいだ」
「…なんでこうなったの?」
「なんでこうなったって…俺がいちばん知りたい。俺が…」
ゆきくんは1拍置いていった。
「俺が…君はし」
「すみませーん!作業始める前に追加連絡事項あります!」
スタッフさんの声に、ゆきくんの声はかき消された。
「…何ですか?」
「え〜もうすぐ撮影する中間告白なんですけど、たった今かのちゃんのマネージャーさんからかのちゃんは不参加という連絡がありました!」
不参加…
「あの、かの大丈夫なんですか?雑誌のモデルも卒業して…もしかして体調悪いんですか?」
私はスタッフさんに聞いた。
「…すみません。私たちも詳しいことはわからないんです。わかり次第皆さんに詳細は話すようにしますが…」
「○○さん早く中間告白の説明移って」
「あ、はい。それでは次に中間告白の説明に移ります…」
そして、中間告白の日が来た。
私たちは一旦作業場に集合した。
「おはようー」
「おはよう」
今日はみんなどこか緊張したような面持ちだった。
きっと私もそんな顔をしていたと思う。
「…わかってはいるけど、かのはいないんだよね…」
まおがそう言った。
一瞬だけ沈黙が漂う。
「すみませんお待たせしました!移動車の方準備出来ました!」
スタッフさんが沈黙を破るようにそう言った。
「…行こうか」
私たちは黙って移動車に向かった。
男子と女子に別れ、私たちは女子だけの待機場所に行った。
「男子からの呼び出しがあるまでここで待っていただきます。男子からの呼び出しは私たち番組運営が仲介します!『1人目の男子が○○さんを呼び出しました』というLINEがあるまで女子たちは待っていてください。話が終わったあともここに戻ってくるようにしてください」
スタッフさんが去っていく。
私たちは一言も発せず黙っていた。
その時。
女子全員の携帯が一斉に鳴りだした。
私も携帯を見る。
『1人目の男子があいなさんを呼び出しました』
あいなは静かに席を立った。
「じゃあ、行ってきます」
私たちは静かにあいなを見送った。
10数分後、あいなは戻ってきた。
いつもは喋り倒すくらい喋るあいなが今日は一言もしゃべらず、さっきと同じように静かに座る。
数分後、女子全員の携帯がまた一斉に鳴った。
『2人目の男子は中間告白を辞退しました』
その後すぐLINEが来た。
『3人目の男子がすみかさんを呼び出しました』
私は静かに席を立った。
「行ってきます」
私は指定された場所に行った。
その場所にはこうたくんがいた。
私はこうたくんの前に立つ。
「…呼んでくれてありがとう」
「こちらこそ来てくれてありがとう。…単刀直入に言うけど、俺はすみかちゃんのことが好きです」
「…うん」
「俺感情を表現するの苦手だからあんまり上手く伝えること出来ないけど…きっと俺、ずっとすみかちゃんから動かないと思う」
「…うん」
「…俺、オオカミじゃないよ。信じて。…俺だけ見てて」
「…ありがとう」
この時だけは、素直にうんと言えなかった。
「前向きに考えてみるね」
「ありがとう、…じゃあ」
こうたくんは去っていった。
私もその場を去ろうとする。
「あ、すみかちゃんその場で待機で」
…私はすぐこの言葉の意味を理解した。
「はい」
私の携帯にLINEが来た。
それと同時に、にとくんが歩いてきた。
「呼んでくれてありがとう」
「こちらこそ来てくれてありがとう」
にとくんは1拍おいて言った。
「俺あんまりすみかちゃんにアピールできなくて、デートも話もあんまりできなかった。でも、俺すみかちゃんのこと大好きだよ。すみかちゃん以外好きにならない」
「…ありがとう」
「だから俺、頑張るから!すみかちゃんのこと絶対振り向かせる!…すみかちゃんも迷うところはあると思うけど、俺がすみかちゃんのこと本気で好きってことも認識して欲しい」
「…わかるよ。にとくんの気持ち、ちゃんと届いてる」
「本当?嬉しい」
「私もちゃんと考えるね。ありがとう」
「こちらこそありがとう」
にとくんは去っていった。
「すみかちゃん今の心境を聞いてもいいですか?」
カメラが私に寄る。
「…一言で言ったら、なんか情けないなって」
「情けない?」
「みんな1人に絞ってるのに、私だけいつまでも迷ってて…2人ともまっすぐに想いを伝えてくれたのに、私は曖昧な返事しか出来ないから」
「そんなことありませんよ!」
スタッフさんからの謎の励ましに思わず笑った。
その時だった。
私の携帯が鳴った。
「え、何だろう」
私は携帯を見る。
『かの:かのです。月LINE使います』
「…え」
私の携帯がまた鳴った。
『かの:すみか、話がある』
オオカミくんは誰だ?