綴はメガネフェチだ。本人に自覚はないようだが。俺や左京さんがメガネを外していると見るからにしょんぼりしているし、茅ヶ崎や一成がメガネをかけていると二割増で対応が甘くなる。あまりにも分かりやすいので俺はメガネを外せなくなったし、件の二人も綴の前ではよくかけている。他にも、メガネなんて必要無いメンツがオシャレだなんだと綴の前でかけ始める始末だ。当人は「なんか流行ってるんすね?」なんてとぼけた返事をしていたがにやけているのが隠しきれていない。自覚がないのだから当たり前か。
はっきり言って面白くない。というか、面白いわけが無い。あのキラキラした目は、頬を染め伏し目がちに照れる様は、恋人である俺だけの特権だったはずなのに。
「嫉妬は見苦しいですよ〜」
「そのメガネ、かち割ってやろうか」
「地味に困るからやめてくださいよ……」
苛立ちを隠す気もない俺にしょうもない軽口を叩く度胸だけは褒めてやろう。身体ごと距離を取って嫌そうな顔をした後輩の顔はメガネをかけても整っている。腹立たしいほどに。
「素直に俺だけを見て、とか言って見たらいいじゃないですか」
「笑って流されたし、なんだったら弟対応を受けたよ」
「うわ、綴つよい」
渾身のキメ顔をしたはずなのに綴はふにゃふにゃ笑って頭を撫でてきた。それも悪くは無いけどそうじゃない。俺は恋人なんだけど。
「……なんていうか、先輩ほんと丸くなりましたねぇ」
「どういう意味だ」
「だって、ねぇ?」
含みを持たせたいいように鎮火しかけていた苛立ちが途端に燃え盛る。この男、まじでかち割ってやろうか。
「こわっ、マジの目してるじゃないですか……」
「あいにく自分の顔はよく見えなくてね」
「あー、俺、用事思い出したんでちょっと出かけてきマース」
そそくさと立ち去る茅ヶ崎に内心ちょっとほっとする。冗談のつもりだが、どこでなんのスイッチが入るか自分でも分からないから。丸くなったと茅ヶ崎は言うがこれが丸くなったと言えるのだろうか。むしろ抑えがきかなくてわがままになった気がする。
「失礼しまーす。あれ、 千景さんだけっすか?」
ノックもなしに勝手知ったる様子で入ってきたのは綴だった。手元に持っている派手な冊子はきっと茅ヶ崎のものだろう。
「至さんに借りてたラノベ、返しに来たんすけど……」
「茅ヶ崎なら出かけたよ。置いていったら? 伝えておくから」
どことなく冷たい突き放すようなもの言いに自分でも驚く。だというのに俺の顔はいつもの笑みを浮かべている。全く嫌になる。
俺のもとに来たのに、目的は茅ヶ崎。その事実がモヤモヤと胸のあたりを覆う。わかっている、子どもじみた嫉妬だ。だから、早く出ていって欲しい。これ以上俺が醜態を晒す前に、綴を傷つける前に。
「……なんかありました?」
「何も無いよ」
「嘘つき」
なのに綴は気がついてしまう。困った顔で笑って、俺を受け入れようとする。
「嘘つきだよ。綴もよく知ってるだろ?」
「そうっすね。困ったもんです。素直じゃなくて」
「素直に言ったら笑ったじゃないか」
「だって、明らかに拗ねてんのに顔面固めてあんなこと言われたらそりゃ笑いますよ」
「じゃあどう伝えれば良かったの?」
綴の言う通りの拗ねた子どものように答えを求める。彼の前ではかっこいい頼れる大人でありたいのに。 そんな俺を綴はそっと抱きしめた。
「こうして、側にいてってそれこそいじけた顔して言ってくれたら良かったんすよ」
「……いい歳して情けないだろ」
「そんな情けなくてかっこ悪い千景さんが好きなんで気にしなくていいですよ」
「俺は気にする」
「じゃあ俺のためにそうしてください」
「綴のため?」
「そうそう。弟が離れていって寂しいお兄ちゃんのために」
「俺は、弟じゃなくて恋人なんだけど……」
綴の腕の中でぐずぐずする俺に綴ひとつ唇を落としていたずらっぽく笑った。
「知ってますよ、可愛い可愛い俺の恋人」
ぎゅっと頭を抱きしめられて、押し付けられた胸の奥から綴の鼓動が聞こえる。確かにそれは少しだけ早くて、自分のものと酷似していた。