新たなメンバーを迎えた公演は、順調とはお世辞にも言えないドタバタ具合で幕を下ろした。春組に限らず、どうしてうちの劇団はこうもトラブルに見舞われるのか。
「……俺に何か用?」
トラブルの張本人、千景さんに声をかけられたことで自身が彼をじっと見つめていたことに気づく。千景さんはいつもの笑みを浮かべながらもどこが居心地が悪そうだ。
この人もこの短期間で随分と変わったものだ。入った当初は掴みどころがなく、どこか壁があった。その壁を取り払えれば、そんな思いが反映されてしまったのが彼が主演の脚本だ。私情を混ぜるのはどうかと思うが、結果良ければ全て良しと言うことでひとつ。
「えーと、綴?」
「おわっ」
「さっきから何回か声掛けたんだけど、聞こえなかった?」
俺の目の前で手をヒラヒラと振り、今度は少し心配の混ざった表情。ほんと、人とは変わるものだ。
「すんません、聞こえてました」
「……何か用事?」
「いや、千景さん変わったなーって」
「俺と君はついこの間初めましてだったと思うけど」
皮肉と嫌味がはっきりと伝わる。どうやら俺の発言はお気に召さなかった模様。しかし、この人もしかして自覚がないんだろうか?
「声に出てるよ。そんなに俺が変?」
「変って言うか、すごく丸くなりましたよね」
「……君はもう少し思慮深いと思ってたんだけどなぁ」
「そういうとこっすよ。ここ来てすぐなら適当に流してたでしょ」
千景さんは眉間に皺を寄せぐっと押し黙った。どうも千景さんにとってその話題は望ましくないらしい。
「俺にだって思うところがあるんだよ」
「思うところの結果が今なら、良かったんでしょうねぇ」
「綴って結構意地が悪いよね、さすが悪役である東の魔法使いを勤め上げただけある」
「千景さん前も言ってましたよね、俺に悪役の素質があるって」
「だって定番だろ? ストーリーテラーが黒幕っていうのは」
しれっと酷いことを言う。誰が黒幕だ。だがそれはそれでいいアイデアかもしれない。俺は手元にあったノートに簡単にメモを取る。
「アイデア料はいただけるのかな?」
「そうですね、今日の晩飯に坦々麺とかでどうです?」
「いいね、辛めに頼むよ」
安いのか高いのか、少し判断に悩みながらも頭の中でスーパーのチラシを広げる。坦々麺の材料なら、駅前のスーパーが安い。頃合もちょうどいい、そうと決まれば早速買い出しだ。広げていた文具を片付けて財布とエコバッグを準備する。
「どうせだから、連れてってあげるよ」
俺の横で得意げに車のキーをぶら下げている姿が、まるで褒めてくれとねだる弟たちと被って吹き出してしまう。笑い転げる俺と、困惑する千景さん。その対比がさらに俺の笑いを誘う。
ああやっぱり、千景さん丸くなった。