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    Satsuki

    短い話を書きます。
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    Satsuki

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    雪女パロ的なシルとフェリ。書いた人はフェリを美人だと思っています。

    #シルフェリ
    silferi

    山の天気は変わりやすい。サク、と、踏み出した足は膝までパウダースノーに埋まり、幼いシルヴァンは自分の吐き出した息の白さに視界を阻まれ途方に暮れた。
     数を教えてくれたのは兄上だった。1から1000まで数えられるようになったから、ウサギを見に連れて行ってやる。そう言う兄の温かな手に引かれて、シルヴァンは父や母に黙って家を遠く離れる不安に蓋をしていたのだが、マイクランが山の中腹で手を離したので途端にさびしくなった。
    「いいか、俺がうさぎを巣から追い立ててくるから、お前が捕まえるんだ。ここで、1000を1000回数えて、待ってろよ」
    「1000を1000回も?」
     シルヴァンはびっくりした。そんなに数えられるだろうか。両手の指は10本しかないのに。しかし泣き言を言ったら兄は怒り出してしまうかもしれない。マイクランはどうも、弟がわがままを言うのが世界で一番嫌いらしいのだ。仕方なく、シルヴァンはマイクランの背を見送って、数を数え始めた。だんだん心細くなってきて、どうして兄について行かなかったのだろうと後悔し始めた。そのうちに天気が変わって、ちらちら雪が降り始め、シルヴァンは自分がいくつまで数えたのか分からなくなってしまった。
    「兄上……」
     うさぎの巣穴は一体どこにあるのだろう。シルヴァンは耐えきれなくなって、兄の背の消えて行った方へ歩き出した。
    「兄上ー!うさぎ、いないのー!?」
     雪がシルヴァンの叫び声を吸って、あたりはシンと静まり返っている。シルヴァンはパウダースノーに足を埋めながら歩き続ける。兄の背が消えて行ったのは、来た道の方だった。足跡らしきものはあるけれど、兄のものなのか、獣のものなのか、シルヴァンには分からなかった。

     冬の山には悪いものが出るから、子どもだけで行ってはいけない。特に夜は近づいてはならない。そう父に言い含められていたのに、シルヴァンは辺りが暗くなりかけても家に帰れずにいた。きっとものすごく怒られる。それに、兄ともはぐれてしまった。マイクランはどこに行ったのだろう。シルヴァンは涙をぐっと堪えた。自分は紋章を持っている強い子なのだ。泣くわけにはいかない。けれどももう腹ペコだし、手袋はしんしんと降り積もる雪を浴びてカチコチだし、帰り道は分からないし、シルヴァンはほとんど泣きべそをかきながら歩き続けていた。と、ズボッと足が雪の中にはまって、ブーツが脱げる。
    「わっ」
     ドッと雪の中に倒れ込んで呻いた。寒い。心細い。悲しい。とうとう涙を流して、シルヴァンは嗚咽を上げ始めた。泣いたら少しは何かの足しになるかと思ったが、木の影から兄が出てくることも、父や母や家の者たちが探しに来てくれるわけでもなかった。体が冷たい。死が遠くない場所にあることを、シルヴァンはうっすらと意識してゾッとした。ゾッとしてまた泣くシルヴァンの耳に、急に風の音がビュウと強く吹き込んだ。
    「泣くのをやめろ」
     誰かがそう言ったかのような、そんな風だった。シルヴァンがまだ目を擦っていると、風はまた強く吹いた。
    「チッ……おい、泣くなと言っている。耳障りだ」
    「……!」
     シルヴァンはやっとそれが幻聴でないことに気付き、雪の中でもがいた。そろりと顔を上げて見ると、そこには知らない人が立っていた。長い黒髪に、白い肌。紅っぽい目がキラと光って、どこか厳しい表情でシルヴァンを見ているのは、中性的な青年だった。
    「こんなに静かな夜なのに、お前のせいで台無しになる。泣くのをやめろ」
    「ごめんなさい……」
     シルヴァンは目の前の青年が顰めっ面でこちらを見るので、目を瞬かせてじっと見返した。シルヴァンが素直に謝罪したことで、青年はいくらか気を良くしたらしい。フンと鼻を鳴らして、黒髪を揺らして青年が近づいてくる。シルヴァンは、青年の髪にちっとも雪が積もらないので不思議だった。いや、青年にだけではない。自分にも、地面にも。いつの間にか、雪が空中で止まってしまっているからだ。
     青年は空色のマントを揺らして、腰に剣を刺している。剣士なのだろうか。傭兵だろうか。シルヴァンは青年に乱暴に服を掴まれて立たされながら聞いた。
    「あの、誰ですか?」
    「誰かに名を聞くときは自分から名乗れと、お前の父は教えてくれなかったか?」
    「あっ……俺は、シルヴァン。シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエ」
    「そうか。シルヴァン、ここで何をしている」
     青年は名を教えてはくれなかった。シルヴァンがことの顛末を辿々しく説明すると、青年はつまらなさそうにまた鼻を鳴らす。
    「お前は賢そうに見えるが、大馬鹿者だな」
    「大馬鹿者……」
     屋敷の中では可愛がられ、紋章持ちの後継として大切に育てられているシルヴァンは、まだそうやって見知らぬ誰かに悪意を向けられることに慣れていない。
    「そのマイクランとかいう兄にどう思われているのか、お前とて分かっているのだろう」
    「……」
     シルヴァンは俯いた。マイクランが自分を好きじゃないことなんて、とっくに気付いていた。けれども今日のように、シルヴァンに優しく接してくれることがあるから、離れられない。
    「俺は、紋章を持っているから……」
    「持っていたら、何をされても仕方ないと思うのか?」
     違うんだろうか。自分は持っていて、兄は持っていない。それは、どうしようもない違いだった。自分の紋章をマイクランにあげたい、と口走ったこともある。父も母も何も言わずに、シルヴァンの頭を撫でただけだった。だから自分は、耐えるしかないのだ。
    「まあ良い。ところでシルヴァン、お前はもう家には帰れないわけだが」
    「ええっ?」
     青年がさらりととんでもないことを言うので、シルヴァンはまたびっくりした。
    「今夜の雪はこのまま降り続けるだろう。お前は兄にまた会うこともできず、家に帰ることもできず、ここで凍り付いて命を落とす。その前にせめて俺が連れて行ってやろうと思って出て来たのだ」
     連れて行く。青年がそう言った時、紅い瞳がちらっと光ったように見えた。シルヴァンは恐ろしくなって後ずさった。だけども、雪がちっとも動かずに空中で止まったままなのと同じで、シルヴァンの体も青年に見つめられていると、もうピクリとも動かすことができないのだった。
    「いやだ」
     シルヴァンが小さな声でそう言うと、青年はニッと口角を上げて笑う。美しかった。
    「俺は紋章を持っているんだ。責任があるんだ。みんなのために強くなって、父上の後をつがなくちゃならないんだ」
     強くなることの意味も、この領地を受け継ぐと言うことの意味もまだろくにわかっていないのに、シルヴァンは日頃から教えられている通りのことをそのまま青年にぶつけた。青年はますます面白そうな顔になる。
    「そうか、お前は強くなるのか」
     青年の言葉にシルヴァンは頷いた。
    「強くなって、そしてどうすると?」
    「……ファーガスを、守る」
    「誰が敵になっても、そうできるのか?」
     シルヴァンは頷く。青年はとうとう、ハッハと声を上げて笑った。
    「そうか、では強くなれ。今日連れて行くのはやめてやる……お前が強くなって、この地を守ると言うのなら、俺とここで約束しろ。この先何があろうとも、たとえ戦争が起ころうとも、ここへ必ず帰って来い。お前の紋章の力を使って、俺の山を守って見せろ……そして、……」
     青年が子守唄でも歌うかのようにそう言って聞かせるので、シルヴァンはこくこくと頷きながら、なんだか眠たくなって、まぶたが勝手に閉じてきてしまう。
    「約束したぞ。いい子だ……今日見た事は誰にも話してはいけない。いつか約束を果たすために。いつか必ず、ここへ帰って来るために……もしも、誰かに話したら……」
     シルヴァンは頷いた。家に帰してもらえるのなら、なんでも良かった。その場にへたり込みそうになるシルヴァンをひょいと支えた青年の手は、ひんやりとして氷のように冷たかった。
    ……
    ……
    ……

    「おい、シルヴァン。お前こんなところにいたのか」
     フェリクスの声に、シルヴァンは目を開いた。勉強をサボって街に出て、女の子たちに声をかけていた帰り。何の収穫もなく帰るのがつまらなくて、修道院の人気のない場所でふて寝をきめこんでいたのだ。ふあ、とあくびをすると、フェリクスは苦々し気に顔を歪めた。
    「お~フェリクス、俺を探してたのか?」
     シルヴァンがニコニコとそう言うと、フェリクスはフンと鼻を鳴らして立ち去ろうとする。
    「待て、待てよ。……しっかし今日は寒いなぁ。なんだか今、すごく昔のことを夢に見ていたような気がするんだ」
     フェリクスはぴたりと足を止め、顔だけでシルヴァンを振り返った。可愛い弟分が興味を示してくれたことが嬉しくて、シルヴァンは夢の中身を思い出そうとする。
    「ふん、どんな夢だ」
    「えーと、昔、雪山で迷子になって、それで……」
     人が見た夢の話などつまらないだろうに、フェリクスは存外興味深そうにその話を聞いている。シルヴァンはあの時のことをよく思い出そうとした。うさぎ、兄上、雪山、迷子、そして、……そして自分はどうやって家に帰ったのだっただろう。そう、あのとき、自分は、山で、……
    「えーと、あー……悪い、忘れちまった」
    「そうか」
     シルヴァンはあの夜のことを思い出そうとして、やめた。たかだか6つか7つのガキだった頃の、曖昧な記憶だ。あれは雪が見せた幻だったに違いない。けれども思い出しかけるたび、あの山がどうしてかとても恋しくなるのは何故なのだろう。
    「おい、行かないのか。もう夕食の時間だぞ」
    「あっ待てよフェリクス!」
     シルヴァンは飛び起きて、少し離れたところで待っていてくれているフェリクスに駆け寄った。フェリクスは紅い瞳でシルヴァンを見ると、口元をニッと吊り上げて、笑った。
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