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    Satsuki

    短い話を書きます。
    @Satsuki_MDG

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    Satsuki

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    アスクのレトユリレト。暗い。続く。

    いつかまたきみにその日、アスク王国軍は大敗した。
     敵勢力の思惑にまんまとはめられたのだ。かろうじて城を守ることはできたが、被害は甚大だった。白魔法の得意な者は怪我人の手当てに回ってくれ、と叫ぶアルフォンスは、隠しきれない焦りを浮かべた表情で英雄たちの間を駆け回っている。ベレトはそこかしこに漂う血の匂いに眉を顰める。彼もまた、別な戦線から戻ったばかりだった。召喚師は無事らしいが、姿は見えない。彼に何かあった場合、彼の力に呼ばれてこの世界に来た自分たちはどうなるのだろう。
     背筋がひやりとした。無意識に周囲に目を配ると、顔見知りの英雄たちや、同郷の生徒たちの無事な姿が見つけられた。
     よかった。ほっとしてそう思う自分と、その感情に疑問を投げかける自分がいる。
    (よかっただって?)
    (元の世界では命を奪っておいて、ここでは彼らの無事を喜んでいる)
     ニルヴァーナの衣装の裾をぐっと掴んで、ベレトは城の中を早足に歩く。癒しの魔法なら、少しは扱える。医務室は溢れて、既に息を引き取り、強制的に元の世界へと魂が戻された英雄もいるようだ。その骸は虚しく消え、この世界に存在した痕跡すら残らない。
    (あの子は……)
     胸がずっしりと重たく感じられた。まるでそこに石が詰まっているかのように、息が上手くできなくなる。紫色の水晶のような瞳を探して、ベレトは英雄たちの回復を手伝いながら城の中を彷徨い始めた。


    「ユーリスのことか。あいつは……」
     バルタザールは少しばかり目を眇めて、彼らしくない悲し気な、どこか苦々しい表情で言葉を探した。
    「死んだよ。……二年前だ」
    「…………!」
    「敵対してた組織と、かなり派手にやり合ってな……それで、だ」
     ベレトは口を開いたが、何といえば良いのか分からず、閉じることもできず、静かに目を瞬かせた。
     死んだだって?
     自分が崖から落下し、五年間眠っていた間に。自分の預かり知らぬ場所で、彼が?
    (嘘、だろう……?)
     言われた言葉の意味が理解できた瞬間、今度はドッと焦燥感に襲われた。しかしその行き場もなく、大きく息をする。空気がこんなに重たく感じられるのは初めてだった。父が死んだときよりも、もっともっと、苦しかった。悲しみにも種類があるのだと、その時に知った。
     ジェラルトの時は、命の尽きていく肉体を抱きかかえ、泣くことができた。悲しいと、率直に感じることができた。なのに、今はどうしてこんなに、胸や手足が重たいのだろう。涙の一粒も流れやしない。彼がいなければ、自分は感情の一つも表すことができないのか。
     ユーリスは五年前、共に立った最後の戦場で足にひどい怪我を負っていた。マヌエラの手によって回復したように見えたが、今後うまく動かないこともあるだろうと言われていた。何より彼は、傷跡が残ることを残念がっていたっけ。
    『そんなに気にすんなよ、先生。あんたのせいじゃねえ』
     気丈に振る舞ってはいたが、痛みを堪える顔は複雑そうだった。彼の優しさが、ベレトの胸にも痛かった。
     あの時、天刻の拍動を使うかかなり悩んだが、別の道を行けば他の生徒の命が複数失われることが分かっていた。だから、自分は、

    (自分は、ユーリスを犠牲にした)

     バルタザールが何か慰めの言葉をかけてくれたようだったが、ベレトには聞こえていなかった。ふらふらとアビスの中を歩き、灰狼学級の教室に足を踏み入れる。暗い教室の中、彼が五年前のようにそこに立っているような気がした。
    『よお、先生』
     あの悪戯っぽい眼差し。自分の体調を見破った時の、心配そうな顔。もう二度と、そんな彼の表情を見ることも、声を聞くこともできない。
     自分の中が空っぽになったような気分だった。彼とまだ、いろんな話をしてみたかった。ともに歩き、あらゆるものを一緒に見て、語らいたかった。隣に、いて欲しかった。
     しかし、もう叶わない。ユーリスはどこにもいない。
    (本当の名前も、もう分からない)
     それでも自分は、皆を、フォドラを導かなければならなかった。



    「先生!」
     ハピの声に呼び止められて、ベレトはハッと振り返った。城の中は広すぎる。ハピが顔を出していたのは、言われなければ気付かず通り過ぎてしまうような、陰になっている一室からだった。焦ったようにベレトを手招きしている。
    「ユリーが……!」
    「……! そこに、いるのか!?」
     よかった、見つけた!
     部屋に飛び込み、ベレトはギクリとして立ちすくんだ。
     床に布を敷いただけの上に寝かされて、コンスタンツェから不器用な治癒魔法を受けているユーリスは、

     腹の辺りが、血で真っ赤に染まっていた。
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