発売前邂逅同衾妄想「金はあまり出せねえが……そうだな、俺もつける、って言ったらどうだ?」
ユーリスは灰色の悪魔の目の前で、テーブルの上に腰掛けて見せた。長い足を組み、悪戯っぽい、相手を値踏みする目で黒髪の男を見上げる。
灰色の悪魔、というのは、この男の二つ名だ。誰が呼んだか、表情ひとつ変えずに敵を屠っていく非情さに、そんな名がついたらしい。じっとユーリスのことを見ている目は、なるほど感情を浮かべず冷淡そうな印象を受けた。彼を雇うことができれば、蠍の連中にひと泡吹かせてやることができるだろう。
「仕事を受けてくれるなら、楽しい一夜を過ごさせてやる。意味、分かるよな?」
「…………」
ユーリスが人好きする笑顔でニッと笑いかけてやっても、灰色の悪魔はちょっと瞬きをしてから、ユーリスのことを上から下までぐるっと一度見たきりだった。
「仕事は受けよう。『蠍の刺青』には、度々手を焼かされている」
「そうこなくっちゃ! よし……じゃあこれは前金だ、受け取れ」
「前金はいらない」
「……なんだ? もしかして、俺様の方を先にいただきたい、とか……?」
ユーリスの言葉に、灰色の悪魔は、また意味ありげな眼差しを返しただけだった。肯定とも否定ともつかぬ視線に、ユーリスは背筋がヒヤリとする。もっと湿った、欲に塗れた視線になら、慣れていた。こちらを視姦するような、じっとりとした目なら怖くない。しかし、灰色の悪魔のそれは、まるで心を見透かされているような。もっと、自分の思考の深い場所を覗かれているような……そんな眼をしていた。
「……見た目によらずがっついてんなあ、灰色の悪魔さんよ。逢瀬の約束は、戦いの後にするから楽しみなもんだろ」
ユーリスがそう笑うと、灰色の悪魔はやっとわずかに口元を緩めたように見えた。
「ベレト」
「?」
「俺の名は、ベレトだ」
外套を翻し、灰色の悪魔は静かに部屋を出て行った。お頭、と部下に呼びかけられ、ユーリスはハッとして唾を飲み込む。手が冷たい。あの傭兵を前にして、緊張していたのだ。
「おい、武器の手入れを念入りにさせておけ。明日は荒れるぞ」
奴の雰囲気に飲まれていた。自分らしからぬ交渉の場になったことに、ユーリスは少々眉を顰める。
(チッ……面白えじゃねえか……!)
出会ったばかりだというのに、存外、ベレトに対する興味が湧いていた。早くもう一度、彼と会話してみたい。そう、思う程度には。