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    nasesan313

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    nasesan313

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    5/4キリユジプチオンリー「合い言葉はステイ・クール」にて無配したペーパーの本文です。
    ユージオが幼少化しているキリユジとなります。
    既刊の続編となりますが、ユージオ生存ifということだけ踏まえていただければどなたでもお読みいただけると思います。

    はちみつシュガーのロリポップ「おぉ……」
    「…………」
     ついつい漏れた感嘆の声を、咎めるように睨まれる。
     じっとりと見つめてくるその瞳の位置は、いつもに比べて異様に低い。無言で、いかにも怒ってます、というふうに凄まれているのだが、この状況で怯えるのはどうにも難しいことだった。
     柔らかな巻き毛のつむじすら見下ろせるし、頬のラインはふくふくと丸っこい。警戒を含んだ眼差しで睨まれていることは理解できるものの、身長差のせいでどうしたって上目遣いだし、ちょっと潤んで見えるのが一際こう……、なんというか。
     不適切な言葉が脳裏に浮かびそうになって、慌てて振り払う。無言でまじまじと観察されるばかりの彼は、いい加減耐え難いとばかりに眉を下げた。見せかけの怒気が一瞬で失せて、代わりに困り切った表情で見上げられる。
    「……なにか、いってよ」
    「かわいい」
     請うようなそれは、高く澄んだ、あどけない声音だった。
     思考を通さずに口から言葉がまろび出て、しまった、と咄嗟に両手で塞ぐ。
     しかし一度飛び出た言葉がなかったことになどなるはずもなく、彼は一瞬ぽかんとして、それからひゅっと息を呑み、次いでわなわなと震え出した。大きく見張られたエメラルドグリーンの瞳が羞恥に染まり、その白い頬に、見るも鮮やかな朱が差す。
    「ゆ、ユージオ! 違う、ごめんって! 間違えた!!」
    「〜〜っ!」
     先手を打った俺に謝り倒されたユージオが、真っ赤な顔で二の句も継げずにふるふると震えている。やがて「うれしくない……」と涙目でうなだれた彼は、どこからどう見ても元の年齢マイナス十でも足りないような、幼い子供の姿をしていたのだった。

     事件はセントラル・カセドラル上層階に設えられた居室――かつてはアドミニストレーターが、その後は星王、星王妃が使用していたと思われる――に取り残されていた荷物の整理をしていた際に起こった。
     休憩用のお茶とお菓子を用意してくれたエアリーの右肩から飛び出した茶色い塊……ミミナガヌレネズミのナツが、壁面の高い位置に取り付けられた棚に飛び移った瞬間、そこに並べられていた小瓶の一つにぶつかったのだ。
    「セルカ様!」
     いつになく切羽詰まったエアリーの声に振り返った俺が見たのは、ぐらりと揺らいで棚から落下する小瓶と、その真下で硬直するセルカ。そして、俺よりも彼女に近く、誰よりも早く動いたユージオが、覆い被さるようにセルカを抱き締める姿だった。
    「ユージオ!」
    「セルカ!!」
     俺とアリス、二人の声が響いたと同時、ごく軽い音とともにセルカを庇うユージオの背中で小瓶が砕けた。駆け寄り、手を伸ばす俺の目の前で、小瓶から溢れ出た液体が彼へと降りかかる。
    「――ッ、ユージオ!!」
     わずかに顔を上げたユージオと視線がかち合い、まるでこちらを安心させるかのような微笑みを向けられる。液体を浴びた彼の全身が淡い虹色の燐光に包まれて、次の瞬間、目を焼くほどの強い光が迸った。
    「う、うそ、嘘でしょ……⁉︎ ユージオ⁉︎」
     その光が収まったとき、セルカの隣に崩れるように倒れ込んだのは、俺と同年代同身長の青年ではなく、推定年齢十歳ほどと見られる――少年だった。
     俺の親友と瓜二つの外見的特徴を持つその少年は、しばらくの後に目を覚まし、セルカとアリスに全身からステイシアの窓まで隈なく調べ上げられた。結果、記憶や精神性はそのままに、身体だけ十数年ほど時間を巻き戻してしまったユージオ本人である、と断定されたわけである。
     俺とユージオが仮住まいとしているカセドラルの一室へと彼を連れてきたセルカは、その姉とよく似た藍色の瞳の奥に自責の念を押し込めながらも「必ずユージオを元に戻してみせる」と強く宣言し、調査を続けているアリスの元へと戻っていった。
     神聖術の天才が二人も揃っているのだし、あの薬――身体年齢の逆行の術式を作り出した星王とて、さすがに解除用の薬だか術式くらいはどこかに用意しているはずだろう。
     俺は、わりあい楽観的にこの状況を判断していた。二人きりとなった室内で、幼くなったユージオの姿をしげしげと眺め、観察し――。

     そうしてその小さな体を、とりあえず自分の膝へと抱き上げたのである。


    「ちょ……っと! キリト!」
    「んー?」
    「うん? じゃ、ないよ! は、離してってば!」
     ソファに腰掛ける俺の膝上から逃れようと、腕を振り上げ足をバタつかせて、ユージオがもがく。二回りほど小さくなった腰に腕を回して抱え込み、俺の胸を押し返そうとする利き手を取れば、小さな体はそれだけで抵抗の術を失った。
     む、と黙り込むその翠玉の瞳に悔しさが滲んでいる。なんなく抑え込まれて、彼の中の負けず嫌いが触発されているのだろう。
    「……子供扱いするなよ」
    「そんなつもりはないって」
    「そうは見えないけどなぁ……」
     深く吐かれたため息に、濃い呆れの色が混じっていた。居心地悪そうにしつつも、諦めたようにおとなしくなったユージオの横髪を掻き上げる。大人になったユージオの髪もふわふわで柔らかいが、子供の髪はより細く、さらさらと指の間をすり抜けていくようだった。
     優しげに下がった眦のかたちは変わらず、けれど子供特有の目鼻立ちのバランスのせいか、いつも以上にその瞳が大きく見える。涙の量が多いのか、普段よりも多分に光を取り込んで、キラキラと輝いていた。
    「……なんか」
    「……うん?」
    「気のせいかもしれないんだけど、いまのユージオを見ていると、なんだかすごく懐かしいような気がするんだよな」
    「懐かしい、って……キリト、それってまさか」
    「ああ……これはたぶん、消されたはずの昔の記憶が影響しているんじゃないかと思う」
     俺の言葉に、ユージオは驚いたように目を見開いた。昔の記憶。ユージオとアリスとともに、ルーリッド村で育った幼少期の記憶のことだ。
     今のユージオの服装は、彼のサイズに合った浅葱色の半袖チュニックに生成りのズボン、という組み合わせで、暗色で染められた布を腰の辺りで結んでいる。ルーリッド村で出会った頃のユージオもこんな感じの作りの服を着ていたが、それとは細部が異なっていた。
     確かに揺さぶられる琴線があるのに、明確なイメージを掴むことができない。こめかみを押さえながらしばし記憶を探っていたが、俺は諦めて頭を振った。
    「なにか、思い出したかい?」
    「いや……、特に何がっていうのは、思い出せそうにないかな」
     後頭部を掻きながら答えると、そう、とユージオはやや残念そうに肩を落とした。俺は宥めるように彼の背をポンポンと叩き、殊更に明るい調子で笑ってみせる。
    「まあ、記憶は思い出せなくても、懐かしいって感じる心がちゃんとある……、そういうのが大事なんじゃないか?」
    「うーん……そう、なのかな」
    「絶対そうだって! お兄さんの言うことを信じろよ」
    「……もう、なんで急にお兄さんになってるんだよ」
     そう言って、閉じた花が綻ぶように、ユージオは小さな微笑みを浮かべた。どこか安心したようなその幼い表情を見て、俺は不意に、胸の奥の深いところがきつく締め上げられるような感覚を覚える。
     記憶はないが、やはり、確かに懐かしかった。かつての俺も、時折寂しそうだったり、不安そうだったりするユージオに笑ってほしくて、あれこれと話しかけては彼の気を引いていたのではないだろうか。
     どんな姿になっても、ユージオはユージオだ。俺の親友で、相棒で、かけがえのない存在だ。それは過去から未来まで、アンダーワールドだろうがリアルワールドであろうが、決して揺らぐことはない。
     改めてそんなことを考えて、胸の内にふつりと湧いた感情に突き動かされるまま、俺は淡く紅潮する頬に唇を寄せた。その肌は滑らかで柔らかく、錯覚だろうか、どこか甘い匂いがする。
     離れる際にちゅ、と小さく音が立って、薄い肩がびくりと揺れた。驚いたように自らの頬を押さえる手のかたちまでがいとけなく、青薔薇の剣などとても振れないのだろうなと思うと、今度は腹の奥が妙にざわめいた。
    「き、キリト……?」
     心地よい肌触りを楽しむように、指の背で頬を撫でる。そのまま指を滑らせて、存在そのものを確かめるように、手のひらで後頭部を包んだ。
    「――小さいな」
     ぼそりとごちて、柔らかな亜麻色を梳くように上から下へと指を通していく。かたちの整った丸い頭は一掴みにできてしまいそうなほど小さくて、なんとなく落ち着かない内心を誤魔化すように手を動かしていた。
     撫でられるがままのユージオは声もなく固まっていて、よく見ると先程よりも顔が赤くなっている。俺がそれに気づくと、俺に気づかれたことを察してか、より一層熱が上がったようだった。
    「……ユージオ?」
    「う、うぅ……」
     ぽぽぽ、と色素の薄い耳までが真っ赤になって、俺の肩に顔を隠すように俯いてしまう。膝の上やら腕の中やら、触れている部分全部から体温が伝わって、なんだか俺まで熱くなってしまいそうだった。
    「……ユージオくーん……?」
    「……ちょっと、待って……」
     弱々しい声音の、あどけなさを意識する。膝に乗せた体は心許ないほどの重みしかなく、どこもかしこも柔らかくて、脆そうだった。
     月日を追うごとに一層その剣技の才を研ぎ澄ませているユージオと俺の実力は、いまやほとんど伯仲していると言ってもいいだろう。だと言うのに、いまの彼なら簡単に、どうとでもできてしまうのがわかるのだ。
    「…………」
     まずい、と。
     俺は、体内の空気をすべて吐き出すほどの深く大きなため息を吐いた。ため息だけでは足りず、無意味な唸りを上げながらぐりぐりと己の額をユージオの頭に押し付ける。すると、やはりどうにも甘いような香りがして。たまらず小さな体を両腕で抱き締めた。
    「うあー、駄目だ駄目だ駄目だ……」
    「き、キリト? なに、どうしたの?」
     俺の奇行に、明らかに怯えたような声を出される。腕の中でもぞもぞと身動ぐ気配がして、離さなければ、と思った瞬間、ユージオの腕が俺の背に回される感覚がした。
    「キリト、落ち着いて。大丈夫だよ」
     状況はよくわからないけど……と素直なことを言いつつも、ゆったりとしたリズムで背中を叩かれる。幼い姿のユージオに宥められている自分が情けなく、一気に頭が冷えた。
    「……少し落ち着いた。ありがとう、ユージオ」
    「それならよかったよ。……ごめん、きっと僕が心配をかけてるんだよね」
    「……いや、すべては俺の不徳の致すところと言いますか……」
     困ったような、申し訳なさそうな微笑みを向けられて、ひどく居た堪れない気分になる。
     この距離感がよくない、と思いながらも、抱き上げた体を離すのはどうしても躊躇われた。柔らかな重みを伴うぬくもりに、砂糖菓子のような甘い匂い。どこもかしこも小さく、細くて、俺なんかの腕にすっぽりと収まってしまう幼いユージオ。
     真綿で包んで一つの傷もつけたくないような、まろやかな頬に歯を立ててしまいたいような。相反する欲求が腹の奥底で渦を巻いている。
     手慰みのようにまた髪に触れると、じっと俺の顔を見つめていたユージオが、なにやら物言いたげな表情で頬を染めた。なんだ? と思う暇もなく、目を伏せ、俺の手のひらに自ら頭を擦り付けてくる。まるで催促のようなその仕草に、断線するように思考がフリーズした。
    「……ねえキリト。きみ、自分がいまどんな顔してるか、わかってるかい?」
    「……どんな顔してる?」
    「……外じゃ、とても見せられないような顔をしてるよ。まったくもう……」
     声は、子供のそれなのに。
     ちらり、とこちらを窺い見る視線ばかりが、妙に大人びていた。

     いまのやりとりだけで、もう、ほとんどすべてを許されたような気になって。俺は再び、林檎のように色づいた頬へと顔を寄せていた。
     唇を押し付けて、感触を確かめるように軽く食んでみる。肩の辺りをぎゅっと掴まれる感覚がして、拒まれない、ただそれだけのことで、温かな安堵が胸中に広がっていった。
     骨も筋肉も発達途中の、薄く柔らかな背中に触れる。肩から腰に向かって撫で下ろすと、脇腹を掠めた際にびくん、と小さな体が跳ねた。片手で体を撫でながら、頬、額、こめかみと、至るところへキスを降らせていく。
     キスのたびにぎゅっと目を瞑るユージオにふと閃いたものがあって、なあ、と小さな耳元に囁いた。
    「ユージオくんさ。ためしにお兄ちゃん、って呼んでみてくれないか?」
    「なっ……⁉︎ い、嫌だよ! 嫌に決まってるだろ!」
    「えー……いいじゃんか、減るもんでもないだろ?」
    「減るよ! ぜったい、僕の中のなにかが減る……!」
    「だってほら、こんな機会二度とないだろうしさ。なあ、頼む。ユージオ……」
    「な、なんでそんなに真剣なんだよ……」
     ユージオがドン引きしているような気配があったが、それが気にならないくらい、いろいろと吹っ切れた心境になっていた。いまはただ、この高くあどけない声でそう呼ばれてみたい。そんな想いばかりだったのだ。
    「どうしても駄目か? ……そんなに嫌?」
    「う……だめ、っていうか……」
     大きな瞳が逃げ場を求めるように右へ左へ揺れている。困らせているのはわかったけれど、この優しい相棒が、俺のことで困っているのが少し嬉しくもあった。
    「……一度しか言わないからね」
     結局、いつものように折れてくれたユージオが、口を開き、また閉じ、そんな仕草を三回ほど繰り返す。躊躇するごとに頬の赤みが増していって、小さな唇が震えた。じっと見つめられているのに耐えかねたように、俺の肩口に顔を埋めてくる。その体勢のまま、少しだけ顔を俺の耳元に傾けて、蚊の鳴くような声でぽそりと呟いた。
    「……キリト、お兄ちゃん……?」
    「――……」
     俺は、束の間呼吸も忘れて、その声を脳内で反響させていた。反応がないのを不安がるように顔を上げようとするユージオをぎゅうっときつく抱き竦めて、ぐりぐりと頭を押し付ける。
    「……ユージオ、もう一回……」
    「や、やだよ! キリトのばか!」
     実に珍しいユージオの罵倒に、思わず口元が緩む。
     小さな手でぽかりと背中を叩かれたのも、本当に参ってしまうくらい、可愛い痛みだった。

     その日の夜のうち、セルカとアリスの尽力によって、ユージオの体は無事にもとの姿へと戻った。
     それまで、時間が許す限り、子供のユージオを存分に堪能したことと。大人に戻ったユージオに、しばらく警戒するような目で見られていたことは。

     ――まあ、言わずもがな、というやつである。



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