ポコ、ちょこ、サニアが、パレンシア城の謁見の間でセーブ用の日記帳に超個人的なことを書いてしまう話
占い師は自分のことを占ってはいけないといわれている。
サニアもまた、自分自身のことは占わない主義の占い師であった。
主観が入った占いなど最早占いの体をなしてはいない。そのような揺らぎの入った占い結果に振り回された結果判断を誤ったら、いくら後悔したって足りないに違いないのだ。
とはいえ
「……今日のことは占っておいてもよかったかもしれないわね」
言葉と共に吐いた深いため息が瓦礫に積もった埃を舞い上がらせる。
彼女達はパレンシア城跡地に来ていた。
詳しい場所はわからない。なにせ探索中に瓦礫を退けようとしていたら足場が崩れてここに落ちてきたのだから。
ふと顔をあげると、崩落した地面――ここから見れば天井だが――から射す一筋の光の元、まるで舞台の上でスポットライトを浴びるコンビ芸人のように彼女の同行者達がじゃれあう姿が見えた。
「参ったなぁ」
言われなくたって見るからに参っている様子のポコが言うと、対称的にいつも通りに元気いっぱいなちょこが呑気に名乗り口上を述べる。
「ちょこ参上なの~」
決めポーズまでとってお気楽そのものなちょこだったが、三人が怪我ひとつせず無事に落下できたのは、彼女が落下の瞬間にヒュルルーを使い、頭の上に落ちてくるはずだった瓦礫を彼方へ吹き飛ばした上、落下の衝撃まで和らげてくれたおかげに他ならなかった。
ただし、足場が崩れたのもちょこが瓦礫を退かすために無茶をしたためだったりしたのだが。
危機感のかけらもなければ頼り甲斐もない仲間達を尻目に、サニアはあたりを見回した。
スメリアのパレンシア城。彼女がここに来るのは初めてのことだったが、全く縁がない場所でもなかった。
幼い頃に、ミルマーナ国王であった父から聞いた話を思い出す。
サニアが生まれる少し前まで続いていたミルマーナとスメリアの戦争は、スメリアの皇太子の働きかけにより終結。和平が結ばれたという。
その後両国の国交は正常化し、サニアの両親は何度かスメリアを訪問していたようだった。まだ幼かったサニアはミルマーナの王宮で家臣のロアン達と留守番をしていたが、成長した暁には王族の一人としてスメリアのパレンシア城に同行するというのが両親との約束だった。
(まさかこんな形で訪れることになるなんて。)
世が世なら…、など考えても仕方がないと知りつつも、空想するのが止められない。
ミルマーナ国内で行方不明になることなくスメリア国王となったヨシュア皇太子と、ミルマーナ国王夫妻と王女サニア。友好国同士の王族が会する謁見の間には〝ヨシュアの息子〟もいるのだろうか。国王を護衛する精鋭部隊の〝楽隊の兵士〟とも顔をあわせるくらいはするのかも。
「それで、失くしものは何なの?」
心を弱くしそうな甘い空想を振り払いながら、ポコに向けて声を張った。ヤグンを仇と狙い続け、殺伐としていた頃は、なんでもない声かけでも『怒ってる?』などとポコを怯えさせたものだが、最近のサニアの声色は従来通り凛としていながらも棘々《とげとげ》しさは幾分減ったようだ。
「うーん、せっかく付き合ってもらったのに悪いけど、とても見つかる気がしないしさ、やっぱりいいよ。もう帰ろうよ」
「質問に答えなさいよ。私は何を失くしたのかを聞いているのよ」
煮えきらない回答に、あっさりと苛立ちの棘が生える。
「ご両親にいただいた大切なものなのでしょう?」
サニアが半ば強引に、ポコをパレンシア城跡へ連れて来たのは、両親から軍学校の入学祝いにもらった品がパレンシア城跡に行ったあたりで見当たらなくなってしまったと聞いたからだった。
「ごめんね、誤解があるようなんだけど、別に大切なものだったってわけじゃないんだ」
「どういうこと?」
かつて焼け落ちる王宮を着の身着のままで逃げ出し、何一つ持ち出せなかったサニアにはポコの言っていることが理解できなかった。
両親からの贈り物が大切ではない?
「実は僕って元々兵隊なんてガラじゃなくてさ」
「そんなの見ればわかるわよ」
楽譜に書かれでもしているような軽妙なテンポでツッコミを受けるとポコは話を続けた。
「軍学校には親に強引に放り込まれたようなものなんだ。あの万年筆は、入学祝いであると同時に、親の期待は呪いみたいなものでもあって……」
いつもの呑気さは鳴りを潜め、見たこともないような神妙な表情が浮かぶ。
「でも、なんでだろう、手放せなくてなんとなく持ってた。軍資金の足しにしてってチョンガラに渡そうとしたら、いいから持っておけって言われたからかなぁ」
かつて手持ち無沙汰な時に、贈り物の万年筆を手の中で転がすなどしていたのか、軽く握ったからっぽの手に目を落とすポコ。
ようやく失くしものが万年筆だと聞き出すことができた。口では大切ではなかったなどと言っているが、だからといってなくしたままでいいものともサニアには思えなかった。
年齢よりどこか幼く頼りなく見えながらも、その実、達観していて悟りの境地に近いと思えてくることすらあるこの少年にも、克服できていない過去があったのだ。親とのわだかまりに関しては他人が知った口を聞いていいことでもないのだろう。
「わかったわ」
理解の言葉を発したサニアを見て、ようやく帰れるとポコがほっとしかけたのも束の間、サニアは道具袋から手帳のようなものを取り出しながら続けた。
「ここまでのことを一旦記録して、納得いくまで捜索を続けます」
王族のカリスマとでも言うべきか、毅然としたサニアの言葉には何者も逆らうことのできない迫力があった。これは提案ではなく命令、決定事項なのだ。
「なんでぇ?」
心ばかりの抵抗でポコが疑問を浮かべる。
「ちゃんと探しもしないで諦めたら後悔が残るわ。要らないものだというなら、見つけてからきっちり捨てなさい。私が見届けてあげる」
「無茶苦茶だよぉ」
「あんたの情けないとこ、全部日誌に書くからね。ちょっと、誰か書くもの持ってない?」
筆記用具を求める声に、離れた場所で瓦礫を使って積み木(木?)遊びをしていたちょこがしゅたたっと駆け寄ってきて「どういたしましてなの~」などと口走りながらペンを手渡した。
「ありがとう」と言いながらサニアは片手で器用にキャップを開け、流麗な文字でポコの煮えきらない様子を書き綴っていく。
「それあとでみんなと共有するやつだよね? なにもないところで転んだことまで書くのぉ?」
わぁわぁと苦情を言われながら、サニアはポコへの苛立ちを日誌にぶつけていた。書いているうちに頭が冷えてきて、なぜこんなにもイライラしているのか少しわかってきた。
ペンをポコの鼻先につきつけながら言い放つ。
「軍学校に入ったのは自分の意志じゃなかったというのはわかったわ。でも、そのおかげでアークと、みんなと、私と出会えたんじゃないの? 通ってきた道を否定するのは、今を否定しているようでなんだか気に入らない」
サニアの言葉は、同時に彼女自身に向けたものでもあった。もし世界が悪しき者にいいようにされていなかったら…などという空想をした自分が腹立たしく恥ずかしかった。
ポコは射られたように身をすくめ、尖ったペン先を見つめている。
「えーと、なんていうか…」
重い沈黙を、ポコの申し訳なさそうな声が破る。
「そのペン、僕のだ」
「は?」
サニアがちょこから無造作に受け取って使っていた『万年筆』を二人は四拍の間呆然と見つめ、次の四拍で顔を見合わせ、最後にちょこを見つめた。
いつの間にか勝手に目的のものを見つけていた本日最大の功労者は、こてん、と首を傾げてみせた。
おわり