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    julius_r_sub

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    5「な……何故、生きているんだ……!?」

     大臣の慄く声。返事の代わりというように、類はニコリと微笑んだ。
     類が司に飲ませたのは、毒薬だが特殊な効果を持つものだ。あの果実をすり潰した液体なんてものでは無い。様々な毒を調合して作り上げた薬だ。

    「かの有名な劇作家の悲劇。あなたならば読んだり聞いたりしたことくらいはあるでしょう。あの物語の最後、とある薬が悲劇を生んだ。」
    「……まさか、一時的に仮死状態を作る薬、か?あの薬は実現不可能だと、周りの医者が口を揃えて言っていたぞ!?」
    「私も殆ど賭けでしたよ。まさか本当に生き返るとは思っていませんでしたから。動物や罪人で実験した時は生き返る確率は3分の1……そのまま死亡した例もある。」
    「……!」
    「あなたにはすっかり彼への情を見抜かれていたようですから、こうするしかないと思って飲ませたんです。彼は幸運でしたね。」
    「あの時はまだ、疑いでしか無かったが……、お前が本当にあの男にそこまで……」

     大臣が驚くのも無理はない。仮死状態を起こす薬は誰にも言わないままコソコソと隠れて試行錯誤を繰り返していたもので、未完成品だ。まさか今回使うことになるとは思っていなかった。そして、司への想いも、恩人だと気づいたからこそだった。様々なイレギュラーが重なって、それがいくつもの裏切りを生んだのだ。
     そんなことよりも、類には気になることがある。

    「……なぜ、森の人間と町の人間が、手を取り合って……?」

     大臣と類を捕らえるよりも先にこんなに盛り上がっていることが不思議だった。もしかすると、大臣と類という双方にとっての敵が現れたことによって団結しやすくなったからだろうか。
     思考を一旦止めたところで、気がつくと、周囲の歓声が小さくなっていた。何か新たに起こったのだろうか、なんて顔を上げれば、目の前に居た大臣が横を見ながら顔を青く染めていた。原因はすぐに分かった。大臣の視線の先を辿れば、路地裏の入口の前に司と兵士たちが銃を携えながら立っている。やはり、あの時目が合ったというのは思い込みではなかったようだ。

    「やぁ、お二人とも。お揃いのようで僥倖だ。わざわざ一人ずつ探し出す手間を軽減出来たな。」

     小さな金属音と共に切っ先が煌めく銃口が大臣と類へ向けられた。元より抵抗する気は無い。
     表情を変えずに両手を上げる類と、憎悪のような感情を剥き出しにしながら頑なに腕を上げずその場に固まる大臣。こんな結末は誰もが予測出来ないものだった。

    「何か、言い遺したいことはあるか?」

     この状況で、司はこんなことを言い放った。類は困ったようにクスリと笑う。遺言なんて、ありすぎて選べない。数分では済まない時間を使ってしまう。

    「何を笑っている。」
    「いえ……ふふ、そうですね、遺言、遺言なら……」

     真っ直ぐに見据えられて、類は遺すべきかを迷っていた。今更恩人であることを言うのか。この民衆の前で昨晩の無体を働いたことを詫びるのか。その存在に、惹かれていたことを言ってしまってもいいものか。
     数秒思考した後、類は首を振った。必要ない。情に篤い彼に聞かせては、殺す決心を鈍らせてしまいそうだ。

    「無いのか?」
    「えぇ。特にありません。……あぁ、ただ、あなたの、武運長久を祈っております。」
    「……そ、うか。大臣は、何か言いたいことはあるか?」

     どうか、彼が今後の人生で数多の幸福を得て長生き出来ますように。類は静かに瞳を閉ざして発砲音を待つことにした。けれどもどうやら先に大臣への遺言を聞く時間を取ったらしい。類としては先に殺されても良かったのだが。
     遺言を問われた大臣は、わなわなと身体を震わせながら口を開いた。

    「お前たち……私を誰だと心得ている!銃を向けても良いと思っているのか!?私を殺してみろ、クーデターを企てた者として貴様らは死刑だ!!死にたくなくばその銃を下ろせ!」
    「残念ながら……あなたには反逆罪の条件と証拠が揃っている。射殺したところで罪にはならない。それに、あなたには王の前で裁きを受けてもらうつもりだ、ここで殺すつもりは無い。」

     最早大臣を護る権力は無に等しい。司が証拠と言って持っているのは書類の束だ。大臣の屋敷と、類の部屋から押収したものだろう。あれの半分の量でだって反逆罪を言い渡される。

    「…………っ!!ち、がう、これはっ、陰謀だ!謀反だ!!よく聞きたまえ、発端は全て森の民にある!森の民は我らが王に対して非常に横柄な態度と不遜な言葉を放ったんだ!!兵士ら諸君、お前たちの主を尊厳を疵つけたのは何者か!?森の民だ!!だから私は王の密命を受け、森の民の服従……叶わなければ抹殺を……っ!!」
    「だとすれば、王の本懐を遂げたところだ。服従ではないが、我らは争うことなく和平交渉を果たした。互いの王を尊重し、手を取り合っていこうと。」
    「違う……っ、お前たちの銃を向けるべき相手は私ではない……!敵は、森の民だ……っ!!」

     路地裏で披露された演説に、果たして拍手喝采が起こることはなかった。王に対して誰よりも不遜な言動を取っているのは大臣だということを皆知っている。ここまで来て、未だ諦めずに他人に罪を被せようとするその心意気に、類は脱帽した。

    「あたし達はもう、ケンカするのはやめたの!」
    「本当の敵は誰なのか、私達は知った。それは──」

     将校の部屋によく訪れていた少女が路地の向こうから声を上げていた。和平交渉の立役者というべき彼女はきっと今後森の長になるだろう。時に善意につけ込まれることもあるだろうが、彼女の人柄ならばきっと周りが助けてくれる。一途に誰かを信じ続けることが出来る彼女と、心根が非情になりきれなかったお人好しの彼が居たからこそ、結ばれた和平だ。

    「それは、私達を憎みあわせようとする、お前だ!」

     チェックメイトが宣言された。キングとして動こうとしたのも束の間、盤面では、護ると誓ったクイーンが離反しポーンもナイトも総崩れ、相手のナイトは首を取れる位置にいる。どうにもならない状況だ。

    「は、ははははは!!!!嗚呼、まさか飼い犬に手を噛まれるとはな……!!神代、お前という奴は本当に恩を知らぬ男だな!」
    「……そうですね。」

     とうとう負けを認めた大臣の口から出た言葉は耳に痛かった。恩知らずなのは自分が1番分かっている。
     ゆるゆると、大臣の腕が上げられた。ようやく投降を決めたのかと周りの緊張が一瞬緩む。しかし──

    「ではな、神代。地獄へは先に行ってもらおう。」
    「──っ!!」

     握られた拳銃は、そのまま類に向けて発砲された。弾道は運が悪いか、類の左脚を貫く。次いで上がるのは悲鳴と、石畳を駆ける音。拳銃をほとんど撃ったことが無いと聞いていたはずの大臣が、まさかこんなにしっかり弾を当ててくると思っていなかった。
     鼓動と共に血が流れ、体重を支えるのが困難になり、類はそのまま床に倒れ込む。熱を持った患部に手を当てると、白い手袋は真紅に染まった。

    「おい!大丈夫か!?……っ、誰か、包帯を、いや間に合わないか……!すまん、失礼する!」

     視界の端では大臣が幾多の兵士に取り押さえられていた。最後の最後まで足掻こうとするその姿は、誰かの目には惨めに映るかもしれない。志半ばで道を絶たれた大臣は、あのまま馬車に詰め込まれて王都まで連行され、投獄されてしまうだろう。その光景を眺めながら、多少の後悔の念を覚えていると、仰向けに身体を置かれ、左脚を持ち上げられ、ビリビリと布が裂ける音がした。目線を向けると、彼が類の外套を破っているようだ。なるほど、これを包帯代わりにしようということか。見上げる彼は類を死なせまいと必死だった。先程まで冷徹な顔を浮かべていたというのに、相も変わらず感情に素直だ。愛おしさに、思わず口角が上がった。

    「大丈夫ですよ……、将校殿。」
    「何が大丈夫なんだ!お前には生きて大臣の罪を洗いざらい吐いてもらわねばならない!ここで死なれては困るんだ!」
    「ふふ、その心配は、無用……っ、ですよ。全て、書類に……」
    「血が止まらん……っ!おい、死ぬなよ!類っ!!」

     徐々に視界が白む。血液が足りないからだろう。もう自分は死ぬのかもしれない。人間は、一発の弾で簡単に命を落としてしまう脆い生き物だということを実感する。
     ただ、彼の腕の中で死ねるのであればこれは幸運だ。時に、誰かがしきりに言っていた命を賭しても守りたい存在というのを自覚出来る日が来るなんて思っていなかった。結果としては命を賭けさせてしまった上に、何も守れていないのだが。後悔が胸を埋め尽くす。もっと早くに知りたかった。
     とうとう視界はなにも映さず、耳元で叫ばれていても、それを理解する気力を失ってしまった。せめて、彼の優しい胸を痛めぬよう、極悪非道な男として終わりたかったというのに。
     類は、遺言のように言葉を紡ぐ。それは殆ど無意識で、気づかぬままに意識を失った。
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