ある「元」光の戦士の6.03その4「若木のバカァ!」
フェオの小さな手に頬をひっぱかれ、フィーネの顔が向こう側にねじれる。
「あいたぁ!」
完全に気を抜いていたところにもらった一撃にフィーネの首はポキッという音を立てた。
「若木のバカバカ!私という枝がありながら、そうやってすぐに別の妖精に浮気するのだわ!」
首に手を当てて、痛めていないか確認するフィーネの頭をフェオがぽかぽかと殴り続ける。
「浮気?フジュンでふっち……」
フィーネの目の前にいたシルフ族が驚いた様子で後ずさるように空中を移動し離れていく。
「あなたのせいなのだわ!」
フェオが長い爪の生えた指でシルフ族……ノレクシアをさした。
「指差すなんて失礼でふっち!それに……あんた、変な語尾の話し方でふっち!」
「あなたの語尾のほうがおかしいのだわ!私は何もおかしくないのよ!」
「やっぱり変な話し方でふっち~!」
二人は空中で揉め、ついにはほっぺのひっぱりあいに発展した。
「そこの冒険者!この変なのを止めるでふっち!止めないとカ・ヌエ・センナに言いつけるでふっち!」
「えー?」
フィーネは肩甲骨から首にかけての筋肉を揉みほぐしていた。
「若木!あなたどっちの味方なのよ!今すぐこの空飛ぶ野菜をぶちのめすのだわ!」
フェオが激怒した様子でシルフ族のほっぺをぐにぐにとひっぱる。
「あー!やめるでふっち!あたちのきゅーとなお顔にしわができてしまうのでふっち!」
「私の方がキュートに決まってるのだわ~!」
フィーネはしばらく不思議そうに眺めていたが、やがてやれやれと首を振りながら間に入る。
「二人ともそのへんにしない?」
二人はほっぺを話してどつきあいに発展していた。
「あー、えっと。おやつあるよ」
途端に二人がフィーネの方を向いた。
「おやつでふっち」
「何を持ってきたのかしら」
妖精二人がフィーネの方に寄ってきて、またしても揉め始める。
「私の若木に近づかないでくれる?」
「あたちはおやつが目当てなのでふっち!こんなヘンテコな妖精を連れた冒険者なんて関わりたくないでふっち!」
ピクシー族とシルフ族、羽根の形やピクシーの方がスマートではあるがサイズ感、とがった耳など共通点は多いように思う。もしかしたら、原初世界と第一世界で対になる種族なのではなかろうか。
「フェオちゃんこっちこっち」
頭をよぎった考えを、口に出すとビンタでは済まない目にあいそうだ。忘れることにしたフィーネは木の根元に腰掛けて、隣をぽんぽんと手で叩いて見せる。フェオはシルフの方を一瞬見て眉をひそめたが、おとなしくフィーネの隣に座った。
「あたちのおやつは……?」
シルフ族のおやつ。つまり……。
「ミルクルートを持ってきて長老に渡してあるよ」
「長ちゃま~あたちもおやつほしいでふっち~!」
聞くが早いか、ノレクシアは長老のフリクシオのもとへと文字通り飛んでいった。
「なんのかしらあの失礼な野菜!」
憤慨しながらもフィーネの取り出すおやつを催促するフェオは、途中でハッとした様子で問いかける。
「ちょっと、ミルクルートっていうのは私の分もあるんでしょうね?」
「ないよ」
「どうして!」
「あのね」
フィーネはひと呼吸つくと、周りを見わたし近くにシルフ族が一人もいないことを確かめる。
「シルフ族ってすごいゲテモノ好きで、ミルクルートは私やフェオちゃんにとっては……なんていうか……気分が悪くなるんじゃないかな」
言葉を濁すフィーネに、フェオは首をかしげたが、無言で首を振る『かわいい若木』の様子を見て追求するのをやめた。彼女が言葉を濁すこと自体があまりないことなのもあるが、先程の説明を聞いた限り良い予感は全くしなかったからである。
フィーネとフェオは黒衣森のシルフの仮宿を訪れていた。二人仲良く並んで座っておやつのハニーマフィンにかじりついている。
「できたてね?」
マフィンのかけらを口の周りにくっつけたまま、フェオは彼女の若木を見上げる。
「さっきホウソーンさんにもらったんだよ」
若木は枝の口元をふいてあげながら答えた。
「養蜂場のところ?」
「そうそう」
またしてもシルフ族の手土産にミルクルートを調達しに来たフィーネに、ロルフ・ホウソーンが気の毒そうにハニーマフィンを持たせてくれたのである。
「蜂蜜酒が自慢らしいけど、私お酒ダメだからさ」
マフィンの残りを一口で放り込んで、フィーネは立ち上がりフェオから少し離れておしりの土を払う。
「良いおうちね。あの空飛ぶ野菜は嫌なやつだったけれど」
フェオが残りのマフィンを持ったまま隣を飛び、大きな木に吊るされたシルフ族の家を見上げていた。
「ちょっと住んでみたいよね。突風で揺れないのか心配だけど……シルフ族はずっと飛んでいるから気にならないのかもね」
「ピクシー族は飛んでいるけれど、地面に降りるのだわ。あんな野菜と違って繊細なのよ」
「あんまり喧嘩しちゃダメだよ」
「だからあなた、どっちの味方なの?」
「フェオちゃんが死ぬくらいなら世界中でも、原初世界と鏡像世界全部でも敵に回してみせるけど。そこまでじゃないならちょっとだけ我慢してほしいかな」
「あら」
フェオはマフィンでいっぱいの口元を押さえる。
「なかなか、熱烈な言葉じゃない?」
にんまり笑うフェオに見つめられて、フィーネは顔をそらす。
「恥ずかしくなってきたから忘れて」
「若木ったら、クリスタリウムから離れて寂しいのかしら?それで私に本音が漏れてしまったのね?そうなのね?」
マフィンを完食し、身軽になった『美しい枝』は『かわいい若木』の周りを飛びながら顔をのぞきこもうとする。フィーネはそのたびに顔をそむけていた。
「そういえば、あなたこっちの世界へは仕入れをしに来たんじゃなかったかしら?」
フェオがフィーネの頭に座りながら問いかける。
「そりゃそうだけどさあ」
こっちの世界にたまには顔を出すついでに、クガネの特産品、主に米を受け取って帰るつもりだった。フィーネは実家に手紙で米を送る要求をしていたのだが、実際に届いたのはクガネの船の搭乗券のみ。
さっさと実家に帰って米を受け取るなり、自腹で仕入れるなりすれば良かったのだろうが、実家に帰るのが嫌すぎてカーラインカフェ(正確にはカーラインカフェの隣の旅館とまり木)に一週間泊まっていたところ、フィーネの所在が双蛇党に捕捉されてしまい仕事を押しつけられたと言うわけである。
ちなみに報酬は軍票払いだった。使い道がないと駄々をこねるフィーネだったが、一応双蛇党の所属になっている以上、仕方ないとミューヌになだめられて、渋々グリダニアをあとにした。
「カーラインカフェは第二の実家だと思っているからもっとごろごろさせてほしかった」
「第一の実家に帰れば良いのよ」
「めんどくさいよお。仕入れずに帰っちゃだめかな」
「ミーン工芸館に届けた手紙にも、クガネの素材を仕入れていくって書いてあったのだわ。それならやらないといけないのではないの?」
フィーネが手紙を書く時、フェオはだいたい後ろで見ているので内容を知っているというわけである。
「今は船旅の準備に時間がかかってるんだよ」
フィーネは遠い目をしてその場しのぎの言い訳をする。本当は準備は何もしていない。
「あ、いたでふっち」
先ほどのシルフ、ノクレシアが戻ってきた。
「あんたの持ってきたお手紙、長ちゃまからお返事でふっち」
ノクレシアの差し出す紙にはひとこと「おっけーでふっち」と書いてあった。
「軽すぎん?」
フィーネは届けた手紙の内容を知らないが、それでもグリダニアとシルフ族の関係を考えると軽い内容だったとは思えない。
「気に入らないなら長ちゃまに言うでふっち」
数秒考えて、フィーネは長老の手紙をそっとカバンにしまった。
「よしカーラインカフェに帰るか」
久しぶりに冒険者の仕事をして、気楽な仕事だなと思ったフィーネであった。
~おまけ~
・ミルクルート
LV20のメインクエスト「魅惑の手土産」で手に入れるシルフ族の好物。オチュー(魔物)の根っこ。かなり臭いがきついらしく、「ゲテモノ」と呼ばれる。シルフ族にとっては酒のようなものらしい。