ある「元」光の戦士の6.03その11 波に揺られながら甲板の手すりに背中を預けるフィーネとフェオの眼前で、クガネが遠ざかっていく。
第一波止場ではフィーネの父親が手を振っている。父はもっと手紙を書くようにと便箋や封筒をフィーネにたくさん持たせていた。
「手を振っているわよ?」
フェオがフィーネの手をつつくが、フィーネはむすっとしたままだ。
「なんか恥ずかしいからやめて欲しいよね」
「お―――い!フィーネ―――!見えてるか―――?」
無視しようと思ったら父が叫びだした。
「嘘でしょ」
見かねたフェオが顔を背けたフィーネの手をつかんでむりやり振る。
遠くてよく見えていないらしく、娘が手を振り返していると思った父は喜び両手を大きく振り始めた。
「知らない人知らない人」
そしてフィーネは知らんぷりを決め込む。
「あれ、お母様じゃないかしら」
え、と驚きフィーネがフェオの指した先を見ると、俵を担いだ小柄なアウラが目に入る。
「なんであんなもの担いでるんだろう」
「突拍子もなさが若木に似ているのだわ……!」
似ていない、と抗議しようとした時、フィーネの視界は何かが飛んでくるのを捉える。
とっさに視線を戻すと、綺麗な山を描いて俵が宙を舞っていた。
「あの馬鹿力!スロウ!」
反射的に時魔法を詠唱し、俵の動きを遅くする。しかし一瞬遅くなった落下速度は次の瞬間急激に加速する。
「お母様、なにか詠唱していたのよ」
「バフかけよった!余計なことしかしない!」
受け止めるのを諦め、フィーネは距離を取る。
「フェオちゃん離れて……!」
しかし相棒たる『美しい枝』はその場から動かない。
「こんな時こそあなたのフェオ=ウルにおまかせなのだわ!」
フェオが腕で宙になにか書くように動かすと、空中に大きな腕が現れる。加速した俵は手のひらにぶち当たり、鈍い音と共に受け止められた。
「これが妖精王におまかせ☆『かわいい若木』あんしん保証パック契約の力よ!」
腕組みをして得意げな顔をするフェオに、フィーネはそっとつぶやいた。
「なにその契約?」
「え……」
絶句したのはフェオの方である。
「契約したのだわ」
「誰が……?」
「若木と。私が」
「いつ……?」
「……」
「……」
「ひどいのだわ、ひどいのだわ!ばかばかばかばか若木の薄情者忘れんぼう甲斐性なしひきこもり不良職人親不孝者根なし草根腐れしてしまえばよいのだわ!」
「根なし草は根腐れしないと思うんだよ」
余計な言葉を重ねた結果、フィーネはフェオにぽこぽこ殴り続けられる羽目になった。
「お米が無事で良かったのだわ」
ひとしきり怒り終え、フェオがようやく殴る手を止めてくれた。俵はやや形が崩れたものの、破れることもなく床におろされている。
「あなたの若木は無事じゃあないけどね」
フェオの小さな拳で殴られた跡は痛くはないが、やや紅くなっていた。
「あなたが薄情者なのがいけないのだわ」
「私、そんな契約したのかあ……」
フェオが言うには、フィーネがある日の深夜、突然起きてフェオに身を守ってくれるよう頼んだというのだ。
「あなたが私の力が必要だってあんなに言うから、私ったらはりきって妖精王としての力を貸す約束をしたのに……」
フェオはまだへそを曲げている。この分だとなだめるのに苦労しそうだ。
「助けてくれたのは嬉しかったよ。ありがと」
ひとまずは感謝の気持ちを伝えておく。
「そんなんじゃ騙されないのだわ!」
そっぽを向いた『美しい枝』は言葉と裏腹にそこまで怒っているわけではなさそうだ。
「あれ、なんだろうこれ」
俵の隙間から、折りたたんだ和紙が飛び出している。
「早く帰ってきなさい」
ひとことだけ書いてある。母の字のようだ。
「それ、どこの文字なのかしら?」
「達筆すぎて読みづらいだけで普通の文字だよ。この字は見る人が見れば上手いらしいけど私は読むのに苦労してる」
早く帰ってきなさい。今回は辛辣な態度だったが、結局は実家に帰ってきて欲しいと言うことなのだろうか。
「お母様も寂しいのかしら?」
「そうは言ってもねえ」
和紙を元通り折りたたみ、一応荷物に入れておく。
「私の家はクリスタリウムにあるし、職場もあるし、そうそうクガネに帰れない気がする」
「時々でも帰ってあげたら良いのだわ」
「時々、ね。今ごろ発注が溜まってるだろうし、しばらくは仕事で手一杯になりそうだ」
思い出したら気が重くなってきた。職人の仕事も面白くなってきているが、ノルヴラントの職人の大半はミーン工芸館に所属している。つまり、仕事も集中して量が多い。
「あら」
フェオと目があったと思ったらそらされた。
「私、怒っていたのだったわ!若木なんて知らないのよ!」
完全に機嫌が直ったと思っていたら、またそっぽを向かれてしまった。怒っているというより自分でした発言をすっかり忘れていたフィーネへの抗議という方が正解だろう。
船から見えるクガネもずいぶん小さくなった。次に訪れるのはいつになるだろう。そんなことを考えながらも、頭にはもういくつかフェオとの仲直りプランが浮かんでいる。
フィーネはフェオ=ウルの隣に立ち、甲板の手すりに両手をのせて身を預けた。顔をそむけたままちらちらと横目でこっちを見ているフェオ=ウルの横顔を眺めながら、どのプランが良さそうか思案する。
やがてフィーネはまとめた考え話し始める。最初は突っぱねていたフェオだったが、だんだんと普段どおりの調子に戻っていく。
クガネからリムサ・ロミンサへの移動は長い船旅だ。しかしのんびりと話し込むアウラとピクシーの二人にとって、その時間は決して退屈なものにはならなかった。