ある「元」光の戦士の6.03その10「なあ、木材ここで良いのかよ?」
ナマイ村の少年、イッセはパイン材を山と積んだ荷車を引きながら、足のつま先でとある倉庫を指す。フィーネが切り出したパイン原木は少しでも運びやすいように材木に加工してナマイ村に持ち込み、その後イッセを雇ってクガネまで運搬してきてもらったのだ。
「うん、そこそこ。中に適当に突っ込んどいて」
第一波止場を歩きながら、フィーネは近くで買ったとろろ蕎麦をすすっていた。
「歩きながら蕎麦食う人初めてみたよ……普通歩きながら食うのって団子とかだろ」
「蕎麦の気分だったんだよ」
「お蕎麦美味しいわよ?」
フィーネの隣を飛びながら、フェオはフォークで蕎麦を巻き取り口に入れる。
「飛びながら蕎麦を食う人も初めてみた」
「私はヒトではないのだわ」
「そういう意味じゃなくて、もののたとえ……」
ずぞぞぞぞぞ。フィーネが蕎麦をすする音でイッセの話はぶった切られた。
「フォークが置いてあって良かったね」
「いまだにそんな細い棒っきれ二本で食べられる若木が信じられないのだわ」
フィーネが使っているのは愛用のMy箸だ。クガネ出身のフィーネには慣れ親しんだ食器だが、フェオは使えないのでフォークを握っているのである。
「ミーン工芸館でも箸を作って配ったのに誰も使ってくれないんだよ。べんりなのにね」
「そんな食べづらいもの誰も使わないのだわ!ピクシーの私でもわかるのよ」
「だからさ、慣れるまでが大変なだけで……」
ひたすら箸の話をしつつ、二人は完食した蕎麦の器を店に返しに行った。
「自由すぎる……」
取り残されたイッセは荷台からパイン材を下ろしながらはあ、とため息をついた。
「イッセ。ため息をつくと幸せが逃げていくぞ」
イッセの背後、第一波止場に止めた船から米俵を担いだ男性が降りてきた。体格の良いアウラ・レンである。
「レイザンさん。そんなこと言ったってさ。あの姉ちゃん自由すぎるだろ」
「自由すぎる依頼人から仕事を引き受けたのはお前だろ。船と荷台、貸してやったんだからしっかり働くんだよ」
「はぁい……」
レイザンにたしなめられて、イッセはもくもくと材木を運ぶ作業を進める。
ナマイ村からクガネに移動するには紅玉海を渡るしか無い。そこで船でクガネに行くところだったレイザンに頼み、フィーネとフェオとイッセはクガネに来たというわけである。
「お、レイザンじゃないか」
イッセが大半の木材を倉庫の中に運び終え、外に出てくるとレイザンに話しかける男がいた。こちらもレイザンと同じくアウラ・レン、しかし年齢はレイザンよりも上に見える。
「リゾルートさん。今回も運んできましたよ」
レイザンは積み上げていた米俵をぽんぽんとたたき、話しかけた男リゾルート、つまりフィーネ=リゾルートの父が答える。
「お、ありがとうよ。うちのバカ娘がなんか知らんが急に米よこせって言ってきてな。使いに行かせて駄賃代わりに米をやる約束をしたんだよ。だから今日は多めに仕入れるぞ」
「おお、娘さん帰ってきてるのか。話には聞いていたが会ったことないからなあ」
二人が話していると、別の話し声が聞こえてくる。
「だからさあ~団子は串から外して食べるものじゃないんだって」
「そんなこと言っても、私の口には入らないのだわ!それに外さないと串が刺さってしまいそうなのよ」
「そこはかじるとかしてなんとか串に刺さったまま食べるんだよ」
「そんなことするよりひとつずつ食べたほうが美味しいに違いないのだわ。お団子もきっとその方が嬉しいはずよ!」
ひたすら団子の話で盛り上がり続けるアウラとピクシーがひとりずつ。
「おお、フィーネさん遅かったな」
レイザンが声をかける。
「寄り道しすぎだろ?」
木材を運び終わったイッセが荷車に腰掛けて、文句を言う。
「寄り道?フェオちゃん、そんなのしてないよね、私たち」
「ええ、ちょっとお蕎麦の器を返して、お団子を買いに行っただけよ」
「団子売ってるって言ったらウミネコ茶屋だろ?蕎麦売ってるマーケット挟んで向こう側じゃないか」
レイザンはやれやれと首を振る。
「まあ、仕事引き受けたのは俺じゃないから良いけど」
「そもそもイッセが団子の話するから食べたくなってさあ」
「俺のせいにしないでくれよ」
「とってももちもちなのだわ」
口いっぱいに団子を詰め込むフェオに、フィーネはよく噛むように諭す。
「レイザン、お前さんうちの娘と知り合いだったのか?」
そしてフィーネの父が割って入る。レイザンは「え?」と驚きの声をあげる。
「あ……確か、フィーネ=リゾルート……リゾルートさんとこの娘だったのか」
レイザンはぽかんと口を開けたまま団子の取り合いをしている二人を見る。
「フェオちゃんの方がたくさん食べたでしょう?」
「私は初めて食べたのよ!譲ってくれるべきなのだわ!」
「何やってんだフィーネ」
父親がいることにも気づかず、フィーネは相棒のピクシーと団子を奪い合い続ける。
「フェオちゃんの方が身体小さいんだからさ~、そんな食べないほうが良いって」
「若木こそ最近お腹がぷにっとしてきてるのだわ!控えなくて良いのかしら?」
「おい、聞けバカ娘」
「ちょっと人のお腹勝手に確認しないでくれる?」
「お腹を出して寝ていたから布団をかけてあげたのよ。その時たまたま手が触れただけで……感謝されても文句を言われたくないのだわ」
「え、そうなのありがと」
「わかればいいのよ、わかれば」
「おーい」
娘に無視されるのはいつものことだが、いい加減面倒くさくなってきた。フィーネの父は奥の手を使う。
「おいこら、チビフィーネ」
「え?誰がチビだ誰が」
フィーネが絶対に反応する奥の手だ。
「や、だからさ。木材運んできてくれたんだろ?米、やるから話を聞け」
「お、やったぜ」
米につられているあいだにフィーネの串の団子は赤いピクシーの胃に収まった。
「レイザン、この米くれ、で、もってけフィーネ」
「うちの米ってナマイ村から仕入れていたの?」
フィーネが父に問う。
「そうだぞ。知らなかったのか……ナマイ村のうるち米は美味いから」
「知ってたらナマイ村に直接行ったのに……両親のツラも見なくてすんだのに」
「そんなに俺たちが嫌いか?」
やれやれと首を振るフィーネを横目にフェオは落胆する父親の角の近くで小さな声で話す。
「若木は本当に会いたくない人には何があっても会わないと思うのだわ」
「そう、なのか?」
レイザンに米の状態について質問し良品を見定めようとするフィーネはフェオが父に暴露話をしているのに気づかない。やがてフィーネは俵を五つ選び、宣言する。
「これ、もらうね。支払いは親父からもらっといて」
そう言うが早いかフェオに声をかけ、二人一緒に立ち去っていく。
「リムサまで、船で輸送する手配をするそうですよ」
「はあ、あいつ、五俵もどうする気なんだ」
「ちなみにきっちり一番高い品種を選んでいきました」
「ああ……良いよ、米くらいくれてやらあ」
「毎度あり、太っ腹で助かりますよ」
父はフィーネの背を見送る。奔放な娘だとは思うが、どうも彼女なりに苦労はしてきたようだ。もうとっくに大人になっているし、親にあれこれ口を出されるのもうっとうしいだろう。……と、わかってはいるのだが、やはり気にはなってしまう。何も言わないからもっと連絡をよこすくらいはして欲しい。
親にとって、子はいつまでも手がかかる、いや手をかけたくなる子なのであった。
~おまけ~
とろろ蕎麦
クガネのマーケットにある料理屋で買える。二一三八ギルする高級品。