ある「元」光の戦士の6.03その9「なぜクラフターをやるんだ、という人がいる」
フィーネは斧を振り下ろす。脇には既に伐採を終えたパイン原木が山になっていた。
「ええ」
フェオはその山の上に腰掛けて両手で頬杖をついている。
「なぜギャザるのかと問う人もいる」
「そうなのね」
静寂の中をアオサギ滝の水が流れ落ちる音が心地良い。二人はヤンサを訪れていた。
「でもクラフターもギャザラーも目的のためにするわけじゃないんだ」
木に斧が打ち込まれる音がリズミカルに静寂を切り裂いていく。
「お仕事だからするんだと思っていたのだわ」
「順番が逆なんだよ。クラフターもギャザラーも仕事ではあると思う。だけどそうじゃない。仕事だからするんじゃあないんだ。やりたいことをして、楽しくなって続けているうちにそれが仕事になっていくのが一番良いんだ」
額に流れる汗を拭うと、フィーネは再び斧を握る手に力を込める。
「つまり、楽しいことを見つけて仕事にすればたくさんできるし長く続けられる」
「わーかーほりっくなのだわ」
「ほんとどこで覚えるのそういうの」
『美しい枝』から投げられた言葉に驚きフィーネは一時手を止める。
「水晶公がまわりの人によく言われていたから覚えてしまったのよ」
「確かに彼はすごく働く人だった……」
その一面に命を救われた身としてはただ感謝しかないが。ひと呼吸入れて、斧を振る作業を再開する。
「私はね、クラフターやギャザラーが好きかもしれない。ずっと続けても良いかもと思い始めているんだ」
ひときわ高い音がこだまして、パインの木はミシミシと音を立てて倒れ始める。その様子を見届けて、フィーネは斧を近場の木に立てかけた。
「そろそろお昼だね。ごはんにしよう」
青空を見上げたまま、フィーネはおにぎりを頬張っていた。
「おいしい」
「働いたあとのごはんは格別なのだわ」
おなじくおにぎりを食べるフェオに、米でいっぱいになった口でフィーネが反論する。
「ふぇふぉふぁんふぁふぁふぁふぁふぃふぇふぁふぃふぇふぉ」
「えーと、『フェオちゃんは働いてないでしょ』かしら?」
「うん」
『かわいい若木』が話す怪文を完璧に翻訳したフェオ=ウルは、おにぎりを口に運ぶ。
「私はかわいいかわいい若木の応援を頑張ったのよ?立派に働いたと思うのだわ」
「そうかなあ」
「私の応援がなくなっても良いのかしら?ねえ、若木?」
フェオに突っつかれて、フィーネはしばし思案する。
「どっちかっていうと応援して欲しい」
その答えを受けた『美しい枝』は得意げに胸を張る。
「ええ、ええ、そうでしょう!これが私のお仕事なのだわ!」
口の中の米を飲み込んでフィーネは立ち上がる。
「ねえ、若木。さっきの話なのだけど……」
おにぎりを両手に抱えたままフェオが口を開くが、フィーネは片手を突き出し静止する。
「……いるね」
斧に手を伸ばすが、ふと思い出し荷物に突っ込んでいた得物を取り出す。サンクレッドが用立てたとかいう、リムサ・ロミンサで受け取った刀だ。
鞘からすらりと現れた刀身に猛獣の姿が映る。真っ赤に血走った目、「グルル」という唸り声、そして身体に浮かぶ縞模様。
「ヤンサトラだ。フェオちゃん下がっててね」
「お手伝いはいらないのかしら?」
「大丈夫」
刀を身体の前で青眼に構える。交差は一瞬、白い閃光を引く斬撃を走らせる。久しぶりに振るった刀は獣を仕留めるのに十分に作用したようだ。
「お見事なのだわ」
倒れたヤンサトラにフェオが近づいていく。
「あ、だめだよ」
またしてもフィーネが静止する。
「トラは生命力が強いんだ。もしかしたら、起きるかも」
言われてフェオはトラの身体に視線を戻す。一瞬だが、ぴくり、とトラの身体が震え、フィーネはとっさに前に飛び出した。
幸いトラはそのまま力尽きたようだ。念のため十分に距離を取り、刀を鞘に収める。
「ねえ若木」
「うん?」
「あなたもう戦えるのね」
問われてフィーネは口ごもる。
「戦える、と思うよ。お母様をぶん殴る時はためらいなくいけたし」
「それはそれでどうなのかしら……?」
ピクシーに肉親の概念はないはずだが、長く人と関わって生きてきたフェオには理解できる感覚らしい。
「それに」
「うん?」
「私を守ってくれたのね?ふふ、そうなのね、若木?私が心配だったのね?」
満面の笑みでフェオが顔を近づけてくる。とっさに身体が前に動いただけだ、というのも恥ずかしいのでフィーネは視線をそらすが、フェオは顔に密着して頭をなでてくる。
「くすぐったいよ」
しばらくなでられ続けたが、なんとか逃げ出す。
「ところで、あなた。怪我はない?爪を落としたりしていないかしら?」
「大丈夫だから」
今度は心配してくれているようだ。『美しい枝』は本当に表情をよく変える。
「本当に?」
「本当に大丈夫だよ」
そう言うものの、剣と呼ばれる武器はひさしぶりに使った。フィーネは自分の中に、少しだけ緊張が生まれていたことを感じていた。
「実はそろそろ冒険者稼業を再開したいなって思ってたんだ」
フェオがフィーネの周りを回るように飛び上がる。
「職人はもうやらないの?」
「両方やりたいんだよお」
「欲張りねえ」
人さし指を頬にあてて、しかしフェオは笑みを作る。
「でも、その方がとっても楽しいと思うのだわ!」
いつだって彼女が後押ししてくれるから、フィーネは前に進み続けて来られた。なんて言うとまたからかわれそうだ。
「母さんに冒険者やめろって言われてさ。それは嫌だなって思ったから。それに戦いのカンも戻ってきたみたいだし……だからまだ続けてみようと思う。それにね」
「それに?」
「フェオちゃんと旅するの、楽しいからね」
少しだけ感謝の気持ちを込めた。恥ずかしくても少しずつ伝えていくことにしよう。
「ふう~~~ん?」
「なに?」
「来るなと言われてもついていくわよ?」
「ん。一緒に行こ」
飛び回るフェオを視線で追っていて、視界に入った、うすうす気になっていた『それ』。
「ところでさあ」
「なにかしら」
「この原木の山はどうやってクガネに運ぼうね」
そもそも父親に言われた仕事で採集に来たのだが、運搬方法までは指定されていなかった。
「がんばってね」
フェオは高く飛び上がり、その姿が消える。
「え、ちょっと?ついてきてくれるんじゃないの?」
次の瞬間、相棒たるピクシーが背後に現れて首の後ろに飛びついて来る。フィーネは驚き、一瞬びくりと身体をこわばらせる。
「冗談よ。かわいいヒト、あなたを困らせるのはとーっても楽しいのよ!」
「うへぇ」
しばらくいたずらをされていなかったので油断した。
「それはさておき」
「え?さておいちゃうの?」
抗議しようとしていたフィーネは置いていかれ、離れていくフェオを慌てて追いかける。
「本当にどうやって運んだら良いのかしらね」
彼女は積み上がったパイン原木を眺めている。どうやら一緒に悩んでくれるらしい。
「村があるから、助けを求めてみようか」
「どんな村なのかしら?」
フェオ=ウルが肩に乗ってくる。
「ナマイ村っていうところでね、稲作をしている村だからお米がたくさんあるんだ」
話しながら荷物をまとめてフィーネは歩き出す。これから訪れる村について話しながら、二人は坂道をくだっていった。