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    kari

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    kari

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    わたしのフィヘミ方程式

     叩き落された手がじんと痺れて、相手の馬鹿力加減を嫌というほど思い知らされた。痛みよりも先に熱さを感じたのだから後が恐ろしかったが、当面フィッツジェラルドが問題視しなければならない事柄はそんなことではない。
    「おい、アーネスト。落ち着けって!別に何もなかったんだから騒ぎ立てるようなことじゃない。だろ?」
    「……何もなかった?何もなかった、だと!?ふざけたことをぬかすのも大概にしろ!!」
     今度は胸倉を掴みかかられて視界がぐらぐらと揺らぐ。多少の血を失ったばかりの人間に対する仕打ちとしてはあんまりではないか、とフィッツジェラルドは物理的に乱される思考を巡らせた。一方でヘミングウェイは、つい先ほどの戦闘で己を庇って怪我をした、この図書館においてほんの少し先輩株の男を射貫こうとでもするかのように鋭く睨み続ける。右頬の傷口を覆った布地がうっすらと赤く染まり、端整なフィッツジェラルドの顔に翳りを落としていた。実際、無理矢理に引き上げた唇で言葉を放つ文豪の声には苦々しさが含まれる。
    「どうしてそう、お前は他人にも自分にも厳しいんだ」
     呆れた様子を隠しもせずにフィッツジェラルドは目の前の苛立つ男に、というより独り言ちるようにこぼした。が、当然ヘミングウェイは取りこぼしたりはしない。まるで火が付いたかの如く怒りを増長させた。
    「厳しい?己を律することのできない人間など理性のない獣と同じだ」
    「だけどお前は時に打算的な人間よりも誇り高い生き物を愛するだろ?」
     すかさず交ぜっ返してしまったフィッツジェラルドの反応はもちろん悪手でしかないだろう。しかし緑色の瞳は鋭くギラついてからふいと逸らされる。何故か激しかった感情の熱量が微かに減ったようだった。押し殺した声で思いがけないことを言う。
    「……打算的な人間というのは、俺のことか?」
    「What?何言ってるんだ、そんなわけないだろ」
     凡そヘミングウェイという人物像に相応しくない表現に、あっけにとられるフィッツジェラルドが即座に眉をしかめたのは専ら顔の傷の痛みだけが原因だった。腐れ縁の相方はその潔癖なまでの誇り高さ故にしばしば理解不能な結論に陥る。毎度のことだがもう片方も想定外の思考にぶつかる度に懲りもせずに驚いてしまう。最もそんな意外性を味わえる互いの関係性にこそ、惹かれてやまないのをとうの昔に自覚してもいた。だから仕方がない。
    「なぁ、アーネスト。俺が勝手にやった。お前が心乱す必要なんてちっとも無いんだ。……なんて言っても無理なのはわかってるが、ハハ!」
     喋りながら大げさに片手でその金糸を乱して笑う男は場違いなほどに朗らかである。そして気付くのが遅れた。関節のひとつひとつがはっきりとわかる太い指が滑らかなままの左頬に触れたことに。瞬間、弾かれたように両者は距離をとる。あ、と唇を動かしたのはヘミングウェイの方だった。そして相手の目から見えない涙が落ちたと錯覚し、反射的にフィッツジェラルドは遥かに体格の良い身体を腕の中へと収める。抵抗らしい抵抗がない事実になおさら胸が詰まった。ぎこちなく顔を上げ、前を向いたフィッツジェラルドの瞬きが早まる。
    「悪かったよ。な、もうこんなことはしない」
    「俺は卑怯者だ」
    「……何故?俺が怪我をするとお前を追い詰めちまうのか?」
     まるで刃と刃が交わるかのような言葉のやり取りは、部外者が耳にすれば肝を冷やしたことだろう。それでも2人にとっては必要な、絶対に避けられない交わりであった。
    「俺は、才能を浪費していくお前を蔑みながらも『親友』と呼び掛けられる愉悦に酔っていたかった。そんな卑劣な己を許容するなんて反吐がでる!」
     過去と未来を行き来する悲痛な叫びは密着した柔らかな肉体に飲み込まれていく。なんの因果か再び転生して得た温もりをこうして実感するなんて想像すらしなかった。生き様に人並み以上の潔白さを求め続ける文豪の切実な言葉が、栄華と零落を骨の髄まで味わった文豪の鼓膜を震わせる。だが互いにとってそれは痺れる幸福さをもたらした。
     
     ああ、魂が触れ合うというのはこういうことなのか
     
     再会してからのフィッツジェラルドとヘミングウェイが幾度となく体感したものである。親し気な振る舞いとわかりやすい愛想の良さで当たり障りのない関係性を続けようとしたこともあった。
    「愛しているよ、アーネスト」
    「……この流れでどうしてそんな台詞が吐けるんだ」
    「その真面目さが堪らないんだ」
     ぶつかり合わねばならない運命。煩わしいと睨み付けながら目を逸らすことは許されない相手。
     傷口がじりじりと熱を持ち、自分では見えない証が確かにあることを知る。簡単に治って欲しくはない。精悍な顔を苦痛に歪めた無傷の男も同じことを願っているのだ。
     それが彼らの不文律だった。




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