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    kari

    仮です。

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    kari

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    釣りイベントありがとうございました。
    本当に最高でした。
    次の活躍も財布の紐を緩くしてお待ちしております。
    夏は、フィヘミ

    #フィヘミ
    hemi-fihemi

    それでも海は凪いでいる ゆらゆらとフィッツジェラルドの目前で揺れる振り子の正体は釣針であった。その釣針に喰らいつきたい要求を必死で堪える。では、彼は魚になったのだろうか?否、偉大な文豪はどこから見ても人間であったし、きちんと肺で呼吸をしていた。少々乱れてはいたけれども。
    「……な、なぁ、アーネスト。まだかかりそうか?」
    「ええい!うるさい、少しも黙っていられないのか?いいからじっとしていろ!」
     忌々しそうな舌打ちと共に返されたつれない答え、いささか荒っぽく毛皮が引っ張られたせいでフィッツジェラルドの苦痛は続く。逞しいヘミングウェイの両腕がフィッツジェラルドの背に回されている。傍から見れば抱き合っているとしか見えないこの光景の原因は、釣針、ではなく針金だ。

     
     つい数分前の出来事、フィッツジェラルドを華やかで豪奢な印象にさせる衣装の一部、肩に優雅にかけられた毛皮が通りすがりの棚から飛び出ていた針金に絡め取られた。不意を打たれてのけぞった相手の隣を歩いていた連れも、思わず驚いて身をひく。
    「Holy Shit!」
     咄嗟に口から出た悪態を耳にしたヘミングウェイが、事態を理解して呆れ顔で近づいた。何をしているのだ、と半眼で強く訴えながら大股で歩むヘミングウェイは、背を吊り上げられた情けない大物作家が思わず己の状況を忘れてしまうほど威風堂々たる姿である。
    「その間抜け面をやめろ、助けて欲しければな」
     厳かな声で告げると相手の返事も待たずに腕を広げてフィッツジェラルドの背に回した。腐れ縁の旧友にしては随分と素直に手を貸してくれるものだ。同時期に転生してきた同世代の文豪というだけで、一括りにされがちな2人だが実際はそんなに慣れ合っているつもりなど毛頭ない。元々世に広まっている妙な呼称とて本人達にしてみれば不本意極まりないものだった。しかしそれぞれの思いとは裏腹に、多くの人々は若者達が離れ離れでいる時にも互いのことを思い起こさせる話題ばかりをふってくる。そんな時は決まって普段は意識して笑みが浮かべられているヘミングウェイの口元があからさまに引き結ばれた。そしてフィッツジェラルドにしてみれば冒険中毒でちっとも融通の効かない偏屈者をいちいち心配していたらキリがない。
     と、ここまでが表向きの理屈だ。これらはもちろん真実だが、前世から続く因縁は新たな世に生まれ変わってさらに複雑に変化した。例えば疎ましい存在に魅力を感じたり、遠ざけたい相手と共に時を過ごしたり、突き放した腕を引き寄せたりという、つまるところ非常にややこしい関係性になっている。そして現在のこの状況。フィッツジェラルドの鼻先を磯の香りが掠め、いよいよ彼は混乱した。一体、今己は腐れ縁の宿敵として振る舞えば良いのか、それとも本能に素直な恋人の役割で構わないのだろうか?そんなことを考えているうちにもヘミングウェイの豊満もとい逞しい胸板がさらに目の前に迫ってきて、吊り上げられた男は思考までも魚になった。一方で。
    「大体お前のコレはなんなんだ。自分でハンティングしたわけでもないくせに毛皮を身に付けるなど、金持ちの道楽と同じじゃないか」
     ぶつくさと文句を垂れる釣餌はフィッツジェラルドの瞳孔が絞られていくことには気付かず、太い指には一見似つかわしくない繊細な仕草で鋭利な金属と格闘していたのだった。ヘミングウェイが図書館に転生してきたばかりの頃を思い返せば、真面目すぎるところはそのままでも完璧主義の意固地な性格は随分と丸くなったものだ。今でもふと1人で本を読み耽るその後ろ姿から、彼の過去によって築かれた自らを追い詰める程の頑なな意志の強さが垣間見えることもある。だがそんなヘミングウェイを転生直後から、いや転生前から知るフィッツジェラルドはずっと変わらぬ付き合いを繋ぎ続けた。数えることもとうに諦め、笑顔で名を呼ぶ相手に何度も何度も振り返らされた男はいつしかそれを受け入れ始める。やがて2人でいることが当たり前だと感じてしまうようになるまで。
    「アーネスト……」
     耳慣れた呼び声に応えて視線を下げれば、やけに真剣な目をしたフィッツジェラルドと目が合う。そこでようやく気付いた。客観的に今、自分達がどのように見えているのかを。途端、弾かれたように身をひいたヘミングウェイの指先がきっかけとなり、フィッツジェラルドを捕らえていた針金は獲物を解き放った。
    「は、外れたぞ。さっさと……」
     続くはずだった言葉は、飲み込まれてしまう。大海に泳ぎ出しもせずに、そのまま嘴に食らいつくという行動を起こした生き物を誰が責められるというのだ。魚だって恋した相手にその身を寄せるというのに。
    「……それで?言い訳はそれで終わりか?F・スコット・フィッツジェラルド」
     鍛え抜かれた筋肉というものは柔らかい。彼は経験則からそれを知っている。そして握りしめられた拳というものはひどく、ひどく固いものだった。どんな知識も糧とできるのだから小説家とは特異な存在であり、だから彼等が後悔する理由とは行動を起こさなかったことによるものだけなのである。

     
    「と、いうワケでこれは名誉の傷ということだよな?兄弟」
     不自然に左脇腹を庇う姿勢を保ちながら微笑みかけてくるフィッツジェラルドに、常にはあり得ない苦虫を噛み潰したような表情を向けるギャツビーの心中は荒れていた。
     それでも海は凪いでいる。

     

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