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    かんざキッ

    @kan_za_

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    かんざキッ

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    ハンイチ

    飯食ってるだけ「よぉ、お疲れさん」
    「ただいま戻りました」
    「おう。おかえり」

     ガサガサと鳴るビニル袋は簡素なテーブルの上に置かれた。
     春日は小山ができている灰皿を隅に追いやって、袋の中を覗き込んだ。出来立てのようで、触ると温かい。それらをテーブルに取り出してから、冷蔵庫を開けて、緑茶のペットボトルを二本持ってソファーに座り直した。
     未だ扉の近くで立っている男を手招きする。
     この男は何度言おうとも、春日の許可なしにそれ以上先へ踏み入れはしない。
     男なりの線引きと言われた記憶は久しいが、正直なところ何処とない寂寥感を覚える。決して本人に伝える気はなかったが。
     春日からの許可を得られたと気づき、男はそのまま隣に座った。

    「さっすが趙だな! うっまそぉなもんばっかりだ」
    「色々作ったとは言っていましたが、これは確かに」
    「いやぁ嬉しいもんだぜ。受け取り、ありがとな」
    「いえ。元はと言えば、私からの提案でしたから」

     何気なくソンヒと共に昼飯を食べに行った際、趙から声をかけられ、中華弁当の試食をお願いされたことが元々の発端である。
     常連客のひとりが腰を悪くし、店に行けなくなってしまったようで、それならばと配達できる弁当を作ることになった。しかし、弁当という形で料理をしたことはこれまでなかった為、完成品として出す前に誰かに味の感想を聞きたいと持ちかけられ、二つ返事で了承した。
     折角だから春日にも食べてもらおうと、二つ用意してもらい、今に至る。

    「店で食ってるのと変わんねぇなぁ。全然大丈夫なんじゃねぇのか」
    「そうですねぇ。本人は出来立ての状態が家でも食べられるか不安だとも言ってましたが」
    「全然、大丈夫だって。確かに多少は冷めるかもしんねぇけど、普通にちゃんと美味い」
    「ですね。伝えておきましょう」
    「あ、写真。写真撮ろうぜ。ナンバ達にも見せてやろ」
    「今ですか? それは食べる前に、」

     男の言葉は一切届いていないようで、残った惣菜に向けてスマートフォンを構える。だが、光の反射や差し方がうまくいかないようで直ぐにうんうんと唸り始めた。

    「カメラ越しだと、なんか色がちげぇな」
    「春日さん」
    「ん?」

     箸を置き、行儀良く口元を拭った男がふと立ち上がる。
     春日の視線はまだ画面越しの弁当に向けられている。それを良いことに、男は背後から手を伸ばし、スマートフォンを握る手に重ねた。
     びくり、と肩が跳ねる。

    「ちょ、なんだよっ」
    「こういうものは光の入る角度を考えるんですよ。そして、今のスマートフォンのカメラは高性能です。被写体が何であるか、何処で撮影しているか、それらによって色々と細かな設定ができます。少し失礼しますよ」

     最早、春日の意識はカメラから殆ど外されていた。
     後ろから自由に行われる操作についてもまるで追いつけない。男が変えていくもののどれもを、春日は知らなかった。

    「これで、この角度から撮ってはどうでしょう。先程よりは綺麗に、美味しそうに写るのではありませんか」
    「……お、おう」

     言われるがままに撮影ボタンをタップする。カシャ、と聞き慣れた音が鳴った。

    「いかがでしょうか」
    「き、きれいだな」
    「はい。それはよかったです」

     端末に保存された写真には、確かに何の不満点もなかった。
     自身の仕事の成果に対し、男が満足げに笑う。そして、何事もなかったかのように元の位置に戻った。

    「どうされました、春日さん。皆さんに送るつもりだったのでは。それとも、先に食べてしまいますか」
    「…卑怯な奴だよ、お前は」

     些か不貞腐れた様子で、春日の頬が膨らむ。スマートフォンはそのままテーブルの上に伏せられてしまった。
     ただ、男は全てを理解しているようで、クスクスと笑い、春日の唇をキラキラと光らせる脂を指で拭った。
     またもや、肩を跳ねさせる他ない。

    「お褒めの言葉を頂けて、何よりです」
    「褒めてねぇッ!」
    「おや。それでは、迷惑でしたか」

     これ見よがしに目を伏せてみる。
     そうすれば、春日はバツが悪そうにする。
     男はたった数年のことでそれを知り、"悪用"すると決めた。

    「お、お前なぁッ」
    「はい」
    「…だぁ、くそッ。じゃあ、早く飯食っちまえッ」
    「フフ、そうですね。冷め切ってしまう前に完食するとしましょう」

     全てを誤魔化すようにガツガツと残りを食べ始めた春日に男の姿は映っていないだろう。
     男は、仕事用の小型カメラを構え、音もなくシャッターを切った。
     頬に差す光は仄かに甘い色をしている。
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