ある日突然、冨岡は不死川に告白される。「からかっているのか」と言えば、「誰がこんな、悪趣味なからかい方するかよ」と言い返された。正論だった。
しかし普段から、決して仲が良いとは言いない二人だ。むしろ不死川には嫌われていると思っていた冨岡にとっては、あまりにも予想外過ぎる告白だ。動揺しない方がおかしい。
返事は、するべきなのだろう。けれど、よく分からない。不死川と仲良くなれることは素直にうれしい。かといって、自身の「好意」が彼の「好意」と同じかと問われれば、首を傾げてしまう。
冨岡が考えあぐねていると、おおむね予想通りだったのか、不死川は頭を乱雑に掻きながら「嫌ってわけじゃねェなら、試しで付き合うのもいいんじゃねぇの」と告げる。
「試し……それは、不誠実にならないか」
「真面目だねェ。俺としちゃあ、頷いてくれる方がいいんだけど?」
「……」
そういうものなのか。
冨岡は首を縦に振った。
そうして、二人の交際が始まる。今までお付き合いなんてした事がない冨岡にとって、恋人としての接し方なんてものは分からない。それなのに不死川は、とても優しかった。最初の頃は、夢でも見ているのかと頬を抓ったほどだ。それも一回だけではない。
大切にしてくれているのが、冨岡にも痛いくらい分かる。手を繋ぐのも、デートをするのも、キスをするのも、全て冨岡のペースに合わせてくれていた。
冨岡が少しでも嫌がる素振りを見せれば、不死川は止めてくれた。キス以上の事を口にすれば「それはお前が本気になってからな」と言われてしまう。不死川はそれでいいのか、と冨岡は言いそうになるけれど、自分の気持ちも分からないような奴が何を偉そうな事を言おうとしてるのだと思い、毎回口を閉ざしていた。
仮の交際が始まって数ヵ月が経った頃、冨岡は不死川が女子といる現場に遭遇してしまう。自分でも分からない内に隠れてしまい、そっと聞き耳を立てると、どうやら彼女は不死川の元カノらしいことを知った。
まだ不死川の事が好きだからよりを戻したいと、彼女は泣きながら懇願しているようだが、不死川は「あり得ない」と一蹴した。
その返事に冨岡はホッと胸を撫で下ろしたけれど、モヤモヤとした気持ちは晴れてくれない。何故なら彼女と不死川が付き合っていたという過去は、まぎれもない事実なのだ。
過去の事を気にしても、今更どうしようもない事くらい頭では分かっている。が、心が追い付かない。変な焦りと苛立ちを感じ、その場から立ち去った。
それから冨岡は、不死川のことを避け始める。
数日後。とうとう冨岡は捕まってしまい、不死川の家でずいと迫られていた。そこに甘い雰囲気などは一切なく、どちらかというと尋問を受けている気分だ。まあ、尋問のようなものか。
「事情を言え。それとも、なんか気に障るようなことでもしたか」
ずっと胸の中にある黒い感情を上手く処理出来ず、冨岡は咄嗟に「別れたい」と告げてしまう。――その瞬間、不死川の顔付きが変わった。
「……っ!」
「なァ、あんだけ優しくしてやったよなァ? テメェに合わせてやってたよなァ? それで何が不満なんだよ。言え」
ベッドに押し倒され、手首を拘束されたまま冨岡は、初めて彼を怖いと感じてしまう。今まで優しかった人と本当に同じ人なのか、と思うほどに。
早く何か言わねばと思えば思う程、口は開いてくれない。そんな自分の口下手さを恨んだ。
「チッ……言っておくがな、俺ァ別れねェぜ」
不死川はそう言うなり、冨岡の服を脱がし始める。冨岡が慌てて止めようとするが、不死川は止まってくれない。
あれほど頑なに「体を重ねるのはぎゆが本気になってから」と言っていた不死川が、今は感情に任せて抱こうとしているのだ。それが、冨岡は悲しかった。
じわりと視界は滲み、口が変に震えた。不死川に失望したんじゃない。己の不甲斐なさに失望したのだ。
「ごめんなさい……」
冨岡は震える声で、何度も言った。
「……本当は、別れたいなんて思っていない……でも、苦しいんだ」
冨岡にとっては初めての「お付き合い」だ。手を繋ぐ事もデートもキスもその先も、すべてが初めてだった。だけど不死川は違うのだと思うと、胸が苦しくなって仕方なかった。
「……俺以外にも、お前に優しくしてもらった人がいることが、……とても腹立たしいと、思った」
自分でもなんて嫌な奴なんだと、冨岡は自嘲する。
「お前に与えられてばかりなのに、俺は何も渡せていない……それがつらくて、いつかこんな俺に呆れて、お前が他の誰かを好きになったら……」
――怖い。と、冨岡は告げた。
不死川は静かに聞いていたが、突然、ぽすんと冨岡に覆い被さり、長い長いため息をついた。
「お前なァ」
「っ、ご、ごめ、」
「違ェ、謝んな」
冨岡が謝ろうとするのを不死川は止めて、脱がせていた服を着せ直し、冨岡を抱き締めて背中を擦った。
「……言っておくがな、俺から告白したのなんてテメェが初めてなんだぜェ」
「え、」
「俺からデートに誘うのも、連絡するのも、バカみてェに慎重になってんのもなァ」
そう言いながら不死川は冨岡の瞼に口付ける。冨岡はと言うと、ポカンと小さく口を開けていた。
「家族に会わせたのだって、この家に招いたのだって、全部お前だけなんだよ……それでもまだ、嫌か?」
嫌じゃない、嬉しいと、冨岡は首を横に振った。「そうか、そうなのか……」とボソボソ言いながら俯いて、不死川の言葉を何度も噛み締めていた。
「……にしても、まさかテメェが嫉妬してくれるとはなァ」
「――!」
嫉妬、これが嫉妬と言うのか。冨岡は黒い感情の正体を初めて知った。
やっと、やっとこれで、確信が持てた。そもそもどうして、ここまで気付かなかったのか。本当は、もうずっとーー。
「不死川……おまえに、聞いてほしいことがある」
今なら自信を持って言えるから、どうか聞いてほしい。俺は――、