とこしえ 柔らかい日差しが、縁側を優しく暖めている。
朝晩めっきりと冷えるこの季節は、今の時間帯が一番過ごしやすい。胡座をかいて、ただぼんやりと庭を眺めていた。
「ーーやっと終わったなァ」
全てが終わったあの日、己が言えた言葉は其れだけだった。もっと気のきいた台詞を言えば良いものを、後にも先にもそれらしい台詞は言えていない。
しかし、あの時は声を出せただけでも御の字と言っていいだろう。喉は焼けるように熱く、肺は直接押し潰されているのではないかと思うほど苦しく、血を流しすぎたせいで指一本さえ動かせなかったのだ。
けれどそれは、彼も同じだった。疲労困憊し、意識も朦朧としているにも関わらず、普段から無口のアイツにしては珍しく「そうだな」と返してきた。
ーーたったそれだけの、労りの言葉ですらない、なんならただの感想だ。だけど其れが、確かに俺達にとっての祝言だった。
「実弥」
ゆるりとした声音が耳に届く。この季節に丁度良く似合う、緩やかな音だ。
濃紺の着物を着、首筋にかかる程度に切られた癖のある黒髪の毛先は、あちこちを向いていた。
刀を握る必要がなくなってから、長かった髪をばっさりと切った。「勿体ない」と思わず言ってしまった時、この男は「おかしいか?」と首を傾げた。
可笑しくはない。それどころか良く似合っていた。唯でさえ器量の良さは折り紙付きだ。純粋に綺麗だと思った。ーーまあ、その時はそんな事、やはり言えなかったのだけれど。
懐かしい。あれから何年、いや、そんな短くはないな。十年以上、へたをすれば二十年近い。それほどの年月が流れた。
あれからずっと、二人でいた。漸く、何の気兼ねもなく傍に居られるようになったのだ。
「実弥、おはぎを作ったから食べよう。茶も用意出来た」
むふふと相変わらずの笑い方をし、茶請け用の盆を近くに置いて己の隣に座る。
その横顔に、手を伸ばした。
「どうした?」
驚くこともなく、手にすり寄ってくる様はまるで飼い慣らされた猫のよう。しかしそれが、堪らなく愛らしいと思う。
「テメェは相変わらず、綺麗だなァ」
四十前だというのに、この男は刀を振るっていた全盛期の頃から何も変わらない。いや、変わったところは多々あるが、この男の見目を損ねるどころかより一層、魅力的にしているのだ。
頬にかかる短くなった髪を耳にかけ、少しだけ薄くなった頬を撫でる。
「……な、んだ、急に」
白雪の肌が淡い桜の色に染まった。
取り繕うとしているのか隠そうとしているのか、はたまた両方なのかは分からないが、ふい、と顔を背けられた。が、露わになった椿色の耳が伴侶の心情を如実に伝えてくれている。
「急にじゃねぇ。ずっと、思ってる」
「……本当にどうした、血鬼術にでもかかったか?」
「ほほーう、俺の言葉が信じられねェって事かィ? 俺の嫁サンはよォ?」
「……っ」
伝えてこなかっただけだ。本当はずっと、ずっと思っていた。ただこの口が素直にならなかっただけ。けどもう、良いだろう。もう何を言っても許されるのだから。ーーなァ、そうだろォ?だって俺らは、
「…っ、…俺の夫だって、相変わらず格好良い」
「……そうかィ」
俺らは、人生の伴侶なのだから。