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    bunbun0range

    敦隆、龍握、タダホソの人。

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    タダホソの新刊はくそ甘い話を書きたいです。

    #タダホソ

    プロローグ『行こう、本屋』
     そう言って、細見が電話を勢いよく切った。ツーツーと電話を終了した音が、続けてスマホから聞こえてくる。
    「え……?」
    ——本屋へ、行こう?
     またな、という締めの挨拶でもなく、次の代表戦で会おうという選手としての挨拶でもなく、細見は恋人である多田との通話を本屋に行く誘いで終えたのだ。
     本屋の次に何かが続いているようだったが、力強いタップ音でかき消されてしまい、電話口ではよく聞こえなかった。おそらく「へ」だろう。
     そんなに日本の本屋が恋しかったのか。いや、もしくは日本語そのものだろうか。少し首を傾げたが、それもそうかと多田はすぐに納得した。細見が住むオランダでは、身の回りにあるのはアルファベットばかりで、漢字やひらがなをお目にかかることはないのだから。今度細見に会う時には、日本で流行っている小説でもプレゼントしよう。
     一時間に渡る通話を続けたスマホをベッドの上にひょい投げ出し、自分も背中から倒れ込んだ。大分の寮は、実家の自分の部屋よりも広く、身体が資本と思って奮発した特注のベッドも余裕で入る。ベッドに寝転がりながら、天井に張り付いている照明をなんとなく見上げた。このベッドを細見が使った回数は両手で数えられるほどしかない。下手をすれば、代表の合宿で同室になった回数の方が多いかもしれない。
    「あー、会いてぇな」
     ポツリ、堪えきれなかった弱音が口からこぼれた。
     声でしか相手を感じられない遠距離恋愛は辛いものである。
     ましてや国を違えた恋愛なんて尚更。
     もし自分たちの関係がよくある国内の遠距離恋愛だったら、愛おしい恋人の声で穏やかな眠りに落ちていたのだろうか。
     そう思いながら瞼を閉じてみる。確かに思い浮かぶのは細見の顔だ。背景には大分のショッピングモール。細見はどこにでもありそうな本屋を指差し楽しそうに笑っている。場所については要相談だなと思った。電話で細見の呟いた言葉が本屋じゃなかったら、別の妄想をした気がしてならない。「好き」とかだったら、うす暗いベッドの上だったかも。
    ——まぁ、そんな言葉を聞いた経験は一度もねぇけど。
     プライドの高い若き世代の十番は、甘ったるいセリフを伝えるのは苦手だった。態度で愛情を表現してくれてはいるが、甘い言葉はリップサービスでも言わないらしい。それでも細見が自分の恋人になってくれているだけで、十分幸せだった。
     もう少し細見への思いを馳せたいところだが、そろそろ支度を始めなくてはならない時間である。
     ベッドから起き上がりカーテンを開けた。爽やかな朝日が部屋に射し込んでくる。
     オランダと日本の時差は七時間。
     日本が朝を迎える時、オランダは夜だった。
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