第一章その3「おい、多田」
宿泊するホテルに到着したあと、今夜泊る部屋に移動しようとしていた時、誰もいない廊下で細見に呼び止められる。それだけで細見が何を言おうとしているのか分かってしまい肩を竦めた。隠そうとしていないのか細見の顔には、明らかな苛立ちが滲んでいる。想像していたよりもバレるのが早かったなと思った。
高校二年生の時、膨らんだ欲望を抑えられそうにないと感じた多田は、何年間も共に過ごしてきた細見との夜を避けた。男はオオカミという名言があるように夜が特にダメなのだ。一番理性が緩む。夜さえ別々になれば、昼間は健全にサッカーに取り組めるのだから問題はないと、選んだ最善の選択肢だった。
「部屋割りのことか?」と分からないふりをして尋ねると、「あぁ」と吐き捨てたような答えが返ってくる。
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