プロローグ『行こう、本屋』
そう言って、細見が電話を勢いよく切った。ツーツーと電話を終了した音が、続けてスマホから聞こえてくる。
「え……?」
——本屋へ、行こう?
またな、という締めの挨拶でもなく、次の代表戦で会おうという選手としての挨拶でもなく、細見は恋人である多田との通話を本屋に行く誘いで終えたのだ。
本屋の次に何かが続いているようだったが、力強いタップ音でかき消されてしまい、電話口ではよく聞こえなかった。おそらく「へ」だろう。
そんなに日本の本屋が恋しかったのか。いや、もしくは日本語そのものだろうか。少し首を傾げたが、それもそうかと多田はすぐに納得した。細見が住むオランダでは、身の回りにあるのはアルファベットばかりで、漢字やひらがなをお目にかかることはないのだから。今度細見に会う時には、日本で流行っている小説でもプレゼントしよう。
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