🌹のピアスにびっくりする🐺くんの話『蒼薔薇の貴公子と名高い世界的指揮者、滝川ルシファーさんに独占インタビュー!』
たまたまコジローが目にした朝のニュース番組には、バストアップで抜かれた映像と共にそんなテロップが表示されていた。
(……そういや、朝帯の生放送に出るって言ってたな)
国内公演の宣伝なのだと昨晩話していたのを思い出す。日本での公演は久しぶりとのことで、メディアも相当に気合いが入っているとかなんとか。
画面の向こうには、アナウンサーの質問に流暢に応えるルシファーが映し出されている。
コジロー自身も銀幕の世界に身を置く人間ではあるのだが、テレビに既知の人物が映っているのは未だに妙なむず痒さが拭えない。
事前インタビューのため公演時のような燕尾服ではなく、スタンドカラーシャツに濃いめのネイビーのジャケットを合わせている。平素よりも随分とカジュアルに寄った服装が目に新しい。
薄い微笑みと共に流れる髪に隠れるように、耳元でチカリと瞬くものがあった。
一瞬の閃光に目を奪われる。
ピアスだ。
ボクシングを嗜んでいたコジローは、動体視力には自信があった。あれは見間違いではない。すぐに白銀の陰に消えた小さい石は透明な赤色をしていて、薄皮のむけたような白い肌によく似合っていた。
ルシファーがピアスを着けているところなど、今まで見たことがない。
別に奴がどんなアクセサリーを身に付けようと自由ではあるのだが、どうしてか心の何処かでは面白くない気持ちを覚えた。舞台稽古の間もたびたび朝のニュースと柔らかな耳に添えられた宝石を思い出し、くさくさとした気持ちを抱えて一日を過ごすこととなった。
あまり身の入らなかった稽古を終えて帰宅すれば、朝方と同じ服装をした男が静かに本を読んでいた。
ソファーに腰掛けた長い脚を組み替える仕草は、レッドカーペットを歩く俳優にも負けていない。画面越しに見たときとの違いと言えば、ジャケットを脱いでいることくらいだろうか。
「来てたのか」
随分と文章に集中していたらしい。声を掛けられて、ようやっと客人は主の存在に気付いたようだった。
「あぁ、おかえり」
それだけ言って、また活字の世界に帰っていく。
手元に落とされた視線に合わせて、白雪の糸がさらさらと零れ落ちた。隙間から見え隠れする耳元には、朝と同じ赤い石があった。
早々に手洗いうがいを済ませたコジローは背もたれ越しにルシファーの耳朶へ手を伸ばした。
「ちょっと、邪魔しないでくれないかな。今いいところなんだけ、ど……?」
如何にも忙しいといった風に撥ね付ける指先を絡め取れば、一対の瑠璃がこちらを捉えた。コジローの珍しい行動に僅かに目を丸くしている。
「コジロー君?」
「お前、これどうした?」
掴んでいた手を解放して耳朶ごと軽く石を弾く。爪と鉱石が掠めた硬質な音に、ルシファーはようやく合点がいったように髪をかき上げた。
「あぁ、これ? 今日のニュース番組のスタイリストが是非にと言って着けてくれたんだけど、とても似合ってると褒めてくれてね。そのままプレゼントしてくれたんだ」
露わになった薄い先端にはめられたピアスは、銀色の石座に真紅の宝石が据えられたものだった。ガーネットか何かだろうか。宝石の種類には疎いが、とにかく良い石に見える。
「僕が穴を開けてないのを知っていたみたいで、わざわざマグネット式のものを用意してくれてね」
ルシファーが話しながら耳元に手をやれば、存外簡単に石は耳元を離れた。手のひらにコロリと宝石とキャッチが転がっている。
「なるほどな。熱心なファンだった、ってことか」
ルシファーは業界内にもファンが多い。今日のスタイリストとやらも、きっとそういった一人だったのだろう。
アクセサリーを外した跡の耳朶には、金具の跡が色濃く残っていた。触れると僅かに熱を持っている。いつまでも居座っている赤色を消すようにむにむにと揉めば、小さな耳垂は容易く形を歪ませる。
コジローの好きにさせていたルシファーが、ふと思い付いたように言った。
「もしかして、ヤキモチでも妬いてるとか?」
からかい甲斐のあるネタだと踏んだのだろう。如何にも困らせようと持ち上がる口の端が憎らしい。
「わりぃのかよ、妬いちゃ」
ファンの存在は有り難いものだ。コジロー自身、応援してくれる誰かがいる心強さは、身に沁みて理解している。だからと言って、許容できるものもあれば出来ないものもある。そして今回は後者だった。
不機嫌を隠さずに言えば、ルシファーは些か驚いたようだ。物珍しいものを見るように目を瞬かせる。そうしてから、ゆっくりと目尻を和らげた。
「……いいや、ちっとも」
知らない誰かが贈ったジュエリーを身につけることも、耳元を彩る宝石が燃えるような赤い色をしていることも、どちらもコジローにとっては面白くない。悋気を起こさせるのは十分だった。
「もうつけんなよ、それ」
器の小さい人間だと思われるだろうか。
流石に捨てろとまでは言えないが、ルシファーに赤は似合わないとコジローは思っている。
幼い頃よりの刷り込みのようなものだ。奴には赤よりも、冴えた青が似合う。
触れた指先を凍らせて、離れられなくなる程の冷たい青色がいい。
「それなら、今度は君が選んでくれたものをつけようか。そこまで言うのなら、もちろんプレゼントしてくれるんだろう?」
妙案だとでも言いたげに細められる目元で睫毛が羽ばたく。
「楽しみにしているよ、君からの贈り物」
耳に触れさせていた指にルシファーの手のひらが重ねられる。ひやりとした見た目のそれは、触れれば仄かにあたたかいことを知っている。だからこそ離れがたいのだ。
「まぁ、その……給料日になったらな」