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    ハロウィンの話

    #どぽいち
    earthenwareStorehouse

    イタズラの行方一郎くんが仮装してますが、色々迷った結果どんな格好かは明記していないので、お好きな格好を想像してお読みいただけますと幸いです。




     今日はどこもかしこもお祭り騒ぎの様相だ。
     終電も間近でまばらに帰路に着く珍妙な行列に混じると、俺の方が異質な気がしてくる。
     歩いているだけで気疲れしながらふらふらと家の近所まで辿り着く。
     道の端、街灯近くに立っている人影。
     こんなところにまで仮装をしている人間がいるのか。
     普段なら不審に思うところだが、今日という日に感覚が麻痺してしまっているのか、あまり警戒心も湧かない。
     とはいえ、なるべく目は合わせないようにしながらスッと通り過ぎようとした時。
    「トリックオアトリート!」
     夜道に響く大きな声に、ビクリと肩を跳ね上げる。
     今この道には俺とその人物しかいないから、そのセリフは俺に向けられたものだろう。
     走って逃げてもおかしくない場面だが、どうにもその声に聞き覚えがあった。
     そろり、振り返る。街灯に照らされ浮かぶのは、予想の通りよく知る人物で。けれどその服装は、まったく見覚えのないものだった。
    「一郎くん…?」
    「おつかれさん」
    「どうしたんだ、その格好…いや、今日がそういう日なのはわかってるけど…」
     一郎くんも、そういう格好をしたりするのか。
     まじまじと見てしまっていると、仕事先で用意された衣装で、あんたに見せてやろうと思って好意で譲ってもらったんだ、と照れもなく一郎くんが言う。
     俺の、ために。この格好で、この時間まで、自分を待っていてくれたのかと思えば、今すぐにでも抱きしめてキスをしたい衝動に駆られる。ここが公道でさえなければ、そうしていただろう。
    「わざわざ、ありがとう…すごく似合ってるよ」
     ぐっと踏みとどまって、なんとか言葉を紡ぐ。
     へへっと笑った一郎くんが、それで、とじぃっとこちらを見つめてくる。
     まだ、何かあっただろうか。言い足りていないことが。見落としていることが。
     こちらも一郎くんを見つめながら、思考を巡らせる。
     あ、そうだ……!
    「トリックオアトリート、だぜ、独歩さん」
     答え合わせのように。開口一番にきいたそれが、一郎くんの口から飛び出した。
     お菓子なんて…と、無意識にポケットを探った手に、硬い何かが触れる。
     そういえば、会社の同僚が配っていた飴をなんとはなしに入れたままだった。
     つまり、これはお菓子だ。
     取り出して、握った手を開く。可愛らしいパッケージに包まれたそれは、やはり飴だった。
    「……」
     同じように飴に視線を落とした一郎くんの目が、ぱちぱちと瞬く。
     差し出そうとして、違和感を覚えて手を止める。
     なんだか、なんとなく、そこはかとなく、少しだけ、一郎くんが不満そうな顔をしている気がする。
     なんでだ? また、気付かないうちに俺がなにかやってしまったのか?
     お菓子はちゃんとあったのに…あれ、お菓子がないと、どうなるんだっけ……?
    「あーぁ、菓子がないなら、エロいイタズラしてやろうと思ってたのにな」
     一郎くんがそう言いながら飴に手を伸ばそうとするのと、俺が差し出そうとしていた手を引くのは、ほぼ同時だった。
     俺が考え付いたのは、一郎くんがなにか俺にイタズラをしてくれるのでは、というところまでだったのだが、”エロい”ときいてはますますこれを渡すわけにはいかなくなった。
    「おい、どっぽさ…あっ!」
     今まで生きてきた中で一番だろう手早さで包みを開けて、飴玉を口に放り込む。
     一郎くんの目が、口内に消えた飴玉のように真ん丸に見開かれる。
     そういえば、一郎くんの目も飴玉みたいで美味しそうだよな。
     ろくに見もせずポケットに放り込んで、今も包みを開けて即口に入れてしまったため何味かもわかっていなかったそれに。口内に広がった人工的な苺の味に、そんなことを思う。
    「あんた……」
    「おかひはもうない!」
    「……それは、ズリィだろっ」
     中の飴玉を落とさないよう気を付けながら、勝ち誇ったように宣言した唇に。呆れたような声を溢した唇が、近付いて。
    「ん!??」
     重なった瞬間、舌がにゅるりと侵入してきて、まだ形の残る飴玉に触れた。
     口内を擽るように動く舌が、時折飴玉を転がす。
     まだ状況の理解が追い付かないのもあって、飴玉を舐めているのか、キスをしているのかわからなくなる。
     好き勝手に這い回る舌に翻弄されている間にもだんだんと小さくなっていく飴玉を、一郎くんの舌が器用に掬いあげた。かと思えば、急に触れていた熱が離れていく。
     呆然と、唇の端に涎を垂らしたまま見つめた先。
     一歩後ろに下がった一郎くんが、べぇっと舌にのる小さな飴を見せつけるようにして、口内に仕舞い込む。
     ガリッ。小気味良い音がする。なんの音かなど、考えるまでもない。
     こくり喉が動いて、徐に、一郎くんが口を開く。そこになにもないことを証明するように。
     それまで自身を弄んでいた舌が、光に照らされててらりと妖艶に映る。
     まるで誘惑だ。今度はこちらから噛みついてしまおうか。ふらり一歩踏み出そうとした矢先。
    「菓子は受け取ったから、イタズラはナシな」
    「…!?? そんな、ズルい…!!!」
     途端に、絶望の淵に叩き落される。
     踏み出そうとしていた足が、カクリと折れそうになる。
    「先にズルしたのはそっちだろ」
    「ぅ……」
     それを言われては、ぐぅの音もでない。
     一郎くんからのエロいイタズラが、一郎くんからの…いや、俺からでもいいんじゃないか?
    「一郎くん、とりっくおあ……」
    「菓子ならあるぜ。好きなの選べよ」
    「……うぅ…」
     最後まで言わせてもらえなかった上に、袋に入ったお菓子を目の前に掲げられる。
     惨敗だ……。よく考えなくても、俺が一郎くんに勝てるわけがなかったのだ。
    「ったく、いつまでそうしてんだよ、犬か、あんた」
     ああ、狼だったか。
     言いながら、一郎くんが服の袖で俺の口元を拭う。
     そういえば、涎を垂らしたままだった。どこまでもしまらない無様な俺に、呆れているだろうな。
     項垂れながら見上げた先。何故か笑みを浮かべている一郎くんがいて。
    「独歩さん、ここがどこか忘れてるだろ」
    「…え、…ハッ!」
     言われるまま辺りを見回して、まだ帰宅途中の公道だったことを思い出す。
     不可抗力ではあるが、誰に見られるともわからない往来でキスしてしまったことに気付き、今更ながらに頬が熱くなる。
     危ない。もう少しで勢いのまま一郎くんにがっついてしまうところだった。
    「この先は、あんたの家で…いいか?」
    「……この、先…?」
     本気で何を言われているのかわからず首を傾げる。
    「今日はハロウィンだし、狼がいたっておかしくないだろ」
    「……うん?」
    「狼が出たら、食われちまっても仕方ないよな?」
     これは、幻聴? 都合のいい夢? いや、現実だ!
     カチカチとパズルのピースがはまるように、思考が繋がっていく。
     たしか、いつぞやの仮装用の狼の耳やらなんやらが、部屋のどこかにあったはずだ。
     それのことを言っているのかどうかは定かでないが、一郎くんもその気であることは紛れもない事実だ。
     どこでその気になってくれたんだ…もしかしたら初めからそのつもりで、ここまでのやりとりは前振りの戯れに過ぎなかったんだろうか。
     理屈が通っているようでよくわからない誘い文句に、きっと意味はなくて。
     街灯の光から逃れるように背けられた一郎くんの顔が、月明かりにさらされて赤くなっている。
     どうするんだよ、とちらりと視線を向けられて。
    「いただきます!」
    「ぅあ、ちょ、独歩さん…っ」
    「さっさと帰ろう! さくさく帰ろう!」
    「…はは、やっぱり狼だな」
     一郎くんのお菓子の袋を持っていない方の手をとって、引っ張るようにして歩き出す。
     エロい恋人に誘われて、狼になるなという方が無理がある。
     遠吠えの一つもきかせてやろうかと思ったが、時間と場所を考慮する程度の理性はまだ残っていて。
     パッと離した手でハンドサインのような形を作って、がぉ、と囁く。
     一郎くんが意表を突かれたような顔をしたあと、ふは、と吹き出した。
    「きゃ~、とか、言った方がいいか?」
    「それはベッドの中でお願いします」
    「…ばぁか」
     笑い合って、さっきは一方的に一郎くんの手を掴むだけだったそれを、恋人繋ぎに切り替える。
     それまでとぼとぼと一人寂しく歩いていた道を、イタズラな恋人と手を繋ぎながら先を急ぐ。
     なんとも、幸福で、甘い夜じゃないか。
     つまりはそう、ハッピーハロウィン、だ!






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