大人の読み聞かせ「月島!」
古い本の多い半地下の書架へ返却済みの本を戻しに来てみると、そこには鯉登の姿があった。鯉登は月島の姿を見つけるとぱっと表情が輝き、月島はそれを見てこころなしか薄暗い書架が明るくなったような感じがした。
「珍しいですね。貴方が9類の書架に来られるなんて」
そう二人がいる書架は9類、所謂文学のコーナーだ。鯉登は全く文学を手に取らない訳ではないのだが、学部に関連のある書架にいることが多い。しかもここは明治大正などに活躍した文豪の書籍が多く揃っている書架だ。だからこそ月島はここに鯉登が居ることに少し驚いていたのだ。
鯉登は月島に会えたことが嬉しいのか、子どものような笑顔で口を開いた。
「実は友人からオススメの本を紹介してもらってな、それを探してたんだ!」
「それですか?」
「あぁ、知っとるか?」
鯉登が差し出した、凝った装丁とそのタイトルに月島の眉根が僅かに寄った。
「…誰から薦められました?」
何故そんなことを聞くんだと言うように一瞬きょとんとしたが、直ぐに月島の質問に答えた。
「白石と房太郎、あと牛山先生」
外部講師の牛山が何故その場にいたかは置いておいて、白石は文学部に所属している鯉登の同期生。房太郎は別学科に通う院生。どちらも普段から鯉登の世間知らずな所を揶揄う節があったので、今回もそれだろうと思わず頭を抱える。
「(どうやったらそのメンツのオススメを読もうと思うんだ…)」
「月島?」
「鯉登さん、確かにその作品は日本文学としての評価は高いですが…それ、官能小説です」
一瞬鯉登の体がぎしり、と固まった。そして言葉の意味を飲み込めたのか健康的な褐色の肌が、薄暗い書架でも分かるくらい赤く染まっていく。
「かん…のう……キェッ」
「ふふ、揶揄われましたね」
「で、でも、最初の方読んだがそんな…」
慌てる鯉登の反応が可愛らしく、月島の胸に少し悪戯心が湧いてきた。未だ慌てる鯉登の傍に寄り、手元の本を取り、ページを見せるように開いていく。
無音の書架でページをめくる音がやけに大きく聞こえる気がする。そして左腕に感じる月島の体温。その二つが鯉登の緊張を高める。目当ての箇所が見つかったのか、月島はとん、と一文を指した。
「…ほら、ここ」
「っ…」
読むと直接的ではないが、確かに男女が激しく求め合う様が書かれており、鯉登は息を呑んだ。
「あと、ここ…それから…」
「も、もうよか!…や、やっぱり戻っ…」
そこまで初心では無いものの、状況が状況でいたたまれなくなり、本を月島からひったくり元の場所へ戻しに行こうとした時、月島の口から驚きの言葉が出た。
「読んであげましょうか?」
「…へ?」
思わず振り向くと微笑む月島が自分を見つめている。優しく微笑むその人は鯉登が愛する恋人。だが今目の前にいる彼の微笑みはいつも自分に見せるものと少し違っていて、鯉登は小さく喉を鳴らした。
聞こえていないと思ったのか、月島は鯉登の前に歩み寄り、小声で今度、と口を開いた。
「貴方のマンションへ行く時に、これ、読み聞かせしてあげましょうか?寝る前に」
どこか艶を帯びた声と、色気を僅かに匂わせた月島の笑みに鯉登は目眩を覚えた。
心臓が飛び出てきそうな程高鳴って苦しい。それを抑え、小さく震える声で
─お願いします
そう言ったのと同時に、閉館前のアナウンスが無遠慮に二人の会話に割り込んだのだった。
───────
鯉月です!鯉月と言い張らせてください!!!
あんまりえちちな雰囲気にならなかった