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    Kameiyafwon

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    るいつか2.5話

    ##るつかめ

    太陽が燦々と地を燃やしていく真夏は終わったものの、地球温暖化のせいか十月だと言うのにまだ街の人の大半が半袖で過ごしている。
    ただ、シャッターを締め切って冷房をつけたこの部屋は天国のように涼しい。蝉の代わりに目立つようになった草虫の鳴き声をBGMにしながら、僕と司くんは問題集に向き合っていた。それは所謂『赤本』と呼ばれるものだ。流石に三年生の後半ともなれば、僕でも勉強する。
    目の前の司くんは理系科目を解いていて、時折呻いては頭を掻いていた。
    「禿げちゃうよ、司くん」
    「このくらいで禿げるほど軟弱じゃない」
    いやいや、そういうことじゃないんだけど。叫んで反論しないあたり、真剣に問題を解いているんだろう。
    彼は思ったよりは成績が良かった。しかし、平均の域を出るわけではないし、苦手な科目にいたっては平均以下。平凡な彼の理数科目の答案はいつも赤が多かった。
    僕たち二人の志望校は、偏差値が少し高めだ。だから、夏のAO入試で、司くんは僕の大学の芸術学科舞台演技コースにAO入試で志願した。オレの学力では見合っていないようだからなと言ったその時の彼はまだ自信もあり、いくらかの余裕もあった。
    しかし、このままでは学校個々の入試でもセンター利用でも、僕と一緒の大学の舞台演技コースに入るのは難しい。入試前のそう担任との懇談で告げられたそうだ。特に、理数科目の点数を上げないといけない、今からでも志望校を落とせ、と。
    その言葉がプレッシャーだったのかは分からない。しかし、現に彼は夏の入試で落ちてしまった。
    落ちたと分かったその日から、司くんは勉強を一緒にしたいとせがむようになった。僕の部屋で勉強したい、お前とじゃないと嫌だと言って、僕の家に乗り込んできたのは記憶に新しい。
    結局それから二ヶ月ほど経った今でも、毎日学校帰りに僕の部屋に来ては、必死に問題集に向き合い、時折僕に質問をするようになったりして。
    「なあ類」
    「ん、丸付けかい?」
    「すまん。自分でやると解説を見てしまうからな」
    「わかったよ。貸して」
    「頼む」
    丸付けを毎回、僕に頼むようになった。
    理由は、丸付けの際に解説を読みたくないから、だそうだ。どうやら、彼は見たものを写真みたいに一枚の画像として記憶してしまうらしく、記憶したらなかなか忘れることが出来ないらしい。
    確かに台本の覚えがいいと思ったことはあった。その記憶力なら、もう一度解こうと思ったときに考えるより先に答えが出てしまう。それはずるになってしまう、と司くんはその記憶力を毛嫌いしていた。
    そんなわけで、丸付けは僕の担当で落ち着いたわけだ。僕は太めの赤ペンを持って、ノートにマルバツを書き込んでいく。
    「だいぶ解こうとしている問題が増えてきたね」
    「途中式で止まるものばかりですまない……」
    「ううん。途中で分からなくても、そこまでの考え方……プロセスを書いているのは何においてもいいことだし、続けていって。途中までのやつ、合っていたら三角にしておくからその続きを考えてみてくれるかい?」
    「わかった」
    丸付けをしたけれど、予想以上に学力が上がっているのが分かる。これは嬉しい。
    ひとまずマルバツをつけてから返すと、もう十八時半を過ぎていた。
    「おや、今日はちょっとのんびりしすぎたね。ちょっといいものを見せてあげるよ」
    ちょうど背後からもコツコツ音が聞こえたし、ちょうどいいだろう。
    ちょいちょいと司くんを手招けば素直にこっちに来てくれる。
    亀くんの水槽に近寄れば、一分もしないうちに隠れ家から顔を出してくれた。
    「お、亀!隠れていたのか!」
    「普段は隠れていることが多いんだよね。ほら、おいで」
    餌の入った入れ物をがさがさ振ると、亀特有のもったりした動きはなんだったのかというほど力強く近寄ってきた。
    現金と言うかなんというか、結構この子、人間味があるんだよね。先ほどのコツコツという音も餌の催促の音なのだ。余計に可愛がってしまう。
    「ほら、ご飯だよ」
    先を削った割り箸でペレットを与えてあげる。ぱくりと食いついて、もそもそと食べ進めるその様子は見ていて飽きない。数粒食べさせていると、司くんがおお……と感嘆の声をあげていた。
    「食べている……」
    「ふふ、やってみるかい?」
    「お、おう!」
    司くんに割り箸を渡す。生き物にご飯を与える機会がなかったのか、ものすごく緊張した顔で餌をつまんでいた。
    「ふ、ふふ、そんな堅苦しくならなくてもいいのに」
    「う、うるさい!落とすだろ!」
    ぷるぷる震えている箸の先はとても見ていて愉快だけれど、これ以上笑ったら亀くんに割り箸が刺さってしまう。
    「ほら、もっとリラックスしてよ」
    僕はそっと司くんの右手に手を添えて、亀くんの口元に運んであげる。亀くんは待ってました!と言わんばかりの表情で餌にありついた。食べっぷりよし、
    食べたことを確認してから手を離そうとしたら、司くんが今度は全身をぷるぷる震わせていた。耳も真っ赤。
    顔を覗き込めば涙目で、顔が真っ赤になっていて。まるで金魚みたいな表情に心臓がどきりと音を立てる。
    「つか」
    「俺は帰るからなまた明日」
    「ぅえっ」
    突然強い力で押された僕はその場でバランスを崩し、司くんから手を離してしまう。司くんは鞄を引っつかみ、そのままシャッターから出て行ってしまった。
    「え、えええ~……?」
    なんで、あんな表情になっていたんだろうか。ただ亀くんに餌をあげただけだというのに。
    いまいち分からないが、亀くんのご飯はあげきったので容器を所定の位置に直しておく。
    「ねえ亀くん、何でだと思う?」
    甲羅を撫でながら問うと、亀くんは知らんというかのように隠れ家へ戻っていってしまった。
    「えー……」
    亀くんにも呆れられてしまった。悲しい。こんなにも可愛がっていると言うのに。
    仕方なくテーブルに戻ると、司くんがいつも使っているシャーペンが転がっていた。いけないと思ってチャットで写真を撮って、明日学校に持っていくことを伝える。とりあえず忘れないように自分の筆箱に入れておいて、自分の分の問題を解きなおすことにした。
    (司くん、ここ弱かったな……ということは、この後も躓くから明日はここを重点的に……)
    勉強していても、司くんのことで頭がいっぱいになってしまう。本格的に僕の脳みそはあのお星様に侵されてしまっている。それほどに好きだ。
    しばらくすると、スマホが短く震える。確認すれば、司くんから突き飛ばしてすまないという謝罪と、明日一時間目の前に渡してくれというお願いが来ていた。
    「ふふっ」
    りょーかいと短く文字を打ち込んで、フェニーくんのスタンプを送信しておく。すぐ既読がついて、ありがとうと返ってきた。
    あの表情の意味はまだちょっと分からないけれど。それでもやっぱり、司くんは司くんだから。僕は全部ひっくるめて大好きで、愛しているんだ。
    亀くんも、司くんとの子どもと思って可愛がっている。寧々にちょっと引かれたけど、それでもやっぱり、始まりはふたりだから、二人で育てているようなものだから。愛している、んだと思う。
    「……がんばろ」
    二人で同じ道に並んで立つために。
    初めは司くんが引っ張ってくれたんだ。今度は僕が引っ張る番だ。
    さっき掠れてきた赤ペンを捨てて、新しい赤ペンのパッケージを破った。
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