BJのせいだから ギャンブルに負け、ルナピエーナファミリーに一時的に使用人という形でお世話になることになった晶は、とりあえずということでファミリーの使用する屋敷の一室を与えられた。
そんな晶の世話係として充てられたのは1番歳の近かったクロエだった。
掃除や家事の仕方は一通り知っていた晶だったが、なにぶん今回はマフィアの屋敷ですることだ。勝手が大きく異なったり、してはいけない暗黙の了解があったりするかもしれない。だからこそ、屋敷の説明をするためにクロエが宛てがわれたのだ。もちろん、ファミリーの中にはリケのように晶よりも歳下で、それこそ話しやすいような子もいただろうし、ファウストやレノックスのように歳が上であっても意地悪じゃないファミリーもいたはずだった。
それにもかかわらずクロエがその役になったのはクロエが晶のことを負かしたからというのもあったのだった。
クロエ自身は元より女性が苦手であるだけでなく、どちらかと言えばBJよりも麻雀の方を好んでしていた。しかし、そんなクロエが心から楽しそうにBJをしていたのをシャイロックは横目に見て、その様子から何かを感じ取ったのと運良く晶が大負けしたのをこれ幸いにと使用人という形で雇うことにしたのだった。
「なんか、ごめんね?俺がキミを負かしちゃったからこんな事になっちゃって……」
「いえ、いいんです。楽しかったですし、ギャンブルの世界は運次第、なんですから。私もやりすぎた節はありますから。」
「そっか、あ、そうそう、あの突き当たりの扉はね、カポの部屋だからあまり近付かない方がいいよ。掃除とかも俺たちの方でしとくから」
「分かりました。他に注意するべきところとかはあったりしますか?」
「注意かー……それならムルとかオーエンかな。仲間内なら平気なんだけどキミは今は使用人という体だからね。ムルは観察が好きなのと質問が好きだから絡まれたら大変だし、オーエンはちょっと、本当にちょっとなんだけど、素直じゃないところがあるからね。」
「ちょっと……本当にちょっとですか?」
「う、うん、多分……」
クロエの言葉に晶が賭博場で見かけたオーエンとムルの姿を思い出しながら問えばクロエは少しバツが悪そうに視線を逸らす。
じっと見つめられたクロエは話を逸らすように談話室へと晶を連れていく。
「と、とりあえず何だけど、キミにはここの掃除を受け持ってもらいたいんだ。ここなら誰かしらの気配は常に近くにあるし、なにより他の場所よりも下手に触ると危ないものはないからね。」
「わかりました!頑張ります!」
ふんす!と息巻く晶にクロエは思わず手を伸ばし、頭を撫でる。
柔らかな笑みを浮かべて『頑張ってね?』と言えば、晶が固まっていたことに気が付いたのかパッと手を離し、両手を上げて後退すると『それじゃあ!30分くらいしたらまた様子見に来るから掃除頑張って!』と言い残して走り去っていく。
取り残された晶はとりあえず近くにあった掃除道具を手にして掃除に取り掛かる事にした。
『わーっ!俺、何やってるんだろ!いきなり女の子に触れるなんて!失礼だったろうし困ってたよね!?』
中庭に出て柱に寄りかかる。普段よりも風が生温く感じる。
「……いくらなんでも、やりすぎだよ。俺。」
BJの時の一喜一憂する晶の表情を思い出す。
その表情が好きで、何度もお互いに勝負を挑んで、最終的には彼女を大負けさせてしまった。普段の自分なら絶対にしないであろう、ある種の失態に反省しながらクロエは一旦仕事に戻る。
彼女との穏やかな時間は楽しいが、自分はマフィア。多少どころではないほどに手を汚してきてる。あまり彼女に近付き過ぎて彼女の美しい羽を自らの汚れで堕としたくはなかった。
まだ、心には気付けないまま時間はゆっくりすぎてゆく。