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    panda_pan

    フゥン???

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    panda_pan

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    志賀徳。途中まで。

     雨降って、地固まる。そんな言葉は白樺派がよく似合うと思っていた。遠目でもわかる白い衣装に、ああ、またやってるなと目を細めれば、どうしてかあの綺麗な翠玉と目が合って微笑まれてしまう。過去も今も生の時間差はあるのだろうが、嫌われてはいないと感じてほっとする日々だった。

    「秋声さんは、志賀のこと、嫌いなんですか?」
     ぎくりと振り向けば、悪意など全く感じさせない純粋な疑問の眼がそこにあった。身長差もないからほぼ真正面に顔を向けられては、逸らすこともできない。
    「別に……そう、思ったことはないけど」
     どうしてそんなことを聞くのさ、と返せば、彼はふわふわとした赤毛を揺らしながら笑った。
    「それなら良かったです。午後の潜書、僕と変わってくれませんか?」
    「え、」
    「司書さんに許可は取ってあるんです。僕、苗の植え付けを今日のうちにやってしまいたくて」
     指輪、嵌めて来てくださいね、と武者小路はひらひらとした燕尾を揺らして走って行った。
     彼のことを嫌いか、嫌いでなければ一緒に仕事をしろだなんて思考の飛躍にも程がある。むしろ、僕のことなんかより向こうが僕のことを嫌っているのかもしれないじゃないか。
     秋声は、ため息を吐いて司書室へ向かうことにした。指輪を嵌めろというのであれば、おそらく武器種選抜の潜書になる。弓はそれなりに強いと自負はあるが、刀はそうでもないのだ。どの本に潜るのかくらい聞いておくべきだろう。
    「僕じゃなくても、別の誰かでも」
     司書室の扉の前で、嫌そうな声で呟いてしまった。まわりには誰もいなかったが、静かな廊下にはやけに響いて、途端に罪悪感が湧く。はあ、と仕切り直すように息を吐いて、司書室の扉を開けた。

    「よう、悪かったな」
     ムシャが声をかけて。司書の椅子に腰かけて書類を眺める志賀が、いつもと変わらない明るい口調で秋声に言った。まさか聞かれていたのかと思って気まずさを顔に出すと、志賀はあっはっはと笑って書類を置いた。
    「あんたが刀に慣れるように、そのための潜書なんだとさ」
     悪いが、付き添いは俺だけなんだが、行けるか?と志賀は続けた。
    「え、そんなの聞いてないよ」
    「言ってないしな。本当はムシャが秋声さんと潜書する予定だったんだけど」
     武者さんは確か植え付けがどうたら、って言ってて…。
    「俺が秋声さんと潜書したくて、変わってもらったんだ」
     志賀は、にっ、と笑って秋声に書庫の鍵を見せつけた。確かに刀の形状は志賀さんに似てはいるけれど、それを言うなら直刀の武者さんのほうが自分の武器には近い形をしていると思う。指導してもらえる、というのであれば武者さんの予定を調整したほうが良いのではないだろうか。
     秋声はそこまで考えて「志賀さん、悪いけれど」と切り出した。
    「俺が、秋声さんと潜書したいんだ」
     志賀は同じことを繰り返した。そこまで強く言われては、居心地が悪いとか申し訳がないとか、そういう感情は野暮なのだろう。志賀を不機嫌にさせたい意図はない。だが、それでも腑に落ちないところがあった。
    「…どうして僕なのさ。剣術指導が必要な人っていう括りなら、白鳥とかもいるでしょう」
     志賀は明らかに拗ねた表情をした。
    「あんたが、いつも俺のこと見てる気がしたから。自惚れちゃだめなのかよ」
     ぎくりと秋声は固まる。図星だった。その様子を見て、志賀がやっぱりかという表情を隠さなかったが、まあいいかと呟いた途端、潜書の光がふたりを包んだ。

    *****

     結論から言うと、秋声は耗弱して補修室行きとなった。
     武者小路にこっぴどく叱られた志賀は、見たことも無いほどに消沈して、最低限の報告だけを済ますと司書室から去ろうとした。ふらりと歩く志賀が司書室の扉を半分開けた時、助手の武者小路が強い言葉で声をかけた。
    「志賀、補修室に行くなら、秋声さんが目覚めるまで傍にいなくちゃ駄目だよ」
     罪悪感と顔を合わせる怖さから、寝ている様子だけを見て自室に戻ろうとしていた志賀を武者小路が嗜める。虚ろに顔を上げた志賀を見て、武者小路は仕方なさそうに笑った。
    「絶筆したわけじゃないんだ。秋声さんがちゃんと戻ってこれたのだって、志賀のおかげだよ」
     そうだろうか。志賀は笑うことできずに、ほとんど無表情でその場を離れた。
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