春の暫時「なんだ菓子かよ」
ネロがキッチンで夕食の準備をしていると背後から声がした。
そこには何種かのビスケットが皿に綺麗に並べられ、その皿を確認しながらブラッドリーがもっと腹に溜まるものはないのかと呟く。
心配をしていたこどもたちが、目覚めた賢者がお腹を空かせているからと夕食前に軽くお茶の時間にしようと準備をし始めていた。
あとから差し入れに持って行こうと作ったものだが、ビスケットにしたのは何となくだ。
「サクサクも悪くねーな」
文句を言っていたのに、ブラッドリーはいつの間にかビスケットに手を伸ばしている。これならつまみになると言いながら頬張っているのはチーズとナッツのビスケット。
チラリと視線を向けると何だよとブラッドリーはピタッと手を止めるが、その手にはビスケットがつままれている。
夢の話を聞き部屋を出ていってしまったことを晶は案じていたが、心配をよそにブラッドリーは既にいつも通りだ。
「なんでも」
つまみ食いを咎めなかったことにおっかねーなと呟きが聞こえた気がしたが、すぐにサクサクと言う音にかき消された。
「それ賢者さんたちのところ持ってってくれ」
「は? 俺様に給仕をしろって」
「食っただろ」
ネロの背後に見える準備中の夕食にチラリと視線を向け、仕方ねーなとブラッドリーは皿を持ちキッチンを後にした。
その背中を見送ってから、ネロは晩酌用にと分けておいたビスケットを半分噛じった。
賢者の夢の中でも自分は懲りずにブラッドリーと一緒にいるのかと苦笑する。それ以上夢の話を聞く気にはなれないが、自分のことだからそこでも料理をしているのかもしれないとネロはこの世界にはいない自分に思いを馳せる。
我ながらうまいなと、残る半分のビスケットを口に入れた。