茨あん 指輪の話「ご、ごめんなさい。受け取れ、ません……」
「はぁ⁉︎」
七種茨の手によって開けられているケースに輝くダイヤの指輪は、あんずの手に乗ることはなかった。
由緒あるブランドのものにしたし、価格もいわゆる「給料三ヶ月分」程度のものにした。何が足りなかった?
「試しに指にはめることすらしなかったし、ほんと何なんだ……」
「茨、眉間のシワと目つきヤバいっすよ」
「別にジュンしかいないので構いません」
「写真撮ってあんずさんに送りますよ」
「やったらスマホぶち割るからな」
「だんだんオレの扱い酷くなってません?」
「親しみをこめてます!」
「そう言えば許されるわけじゃないですからね⁉︎で?どうしたんです?」
「何が」
「あんずさんと何があったんすか?」
「何でもないです」
「何でもなかったらそんな顔しないでしょ」
「うるさい」
「うるさくていいですよ、Edenは家族だっておひいさんも言ってたじゃないですか。家族の力にはなりたいんですよ」
はぁ、と深いため息をつく茨の言葉を、ジュンは待つ。
「……ジュンなら、上手くいったんですかね」
「はい?」
「指輪、受け取ってもらえませんでした。指に試しにはめるとかも、なしでしたよ。振られましたね、自分」
「ちょちょちょ、待ってください指輪⁉︎いや、お付き合い始めたのは知ってますけど、指輪渡したんです?何で⁉︎」
「婚約したからですが」
「婚約⁉︎」
「プロポーズしたから婚約じゃないんですか?」
「オレの聞いてた話と随分違いますけど⁉︎オレは『告白しました』って茨が言ってたのを聞いたんですけど⁉︎」
「大体同じじゃないですか」
「だいぶ違います!」
はああ、と茨よりも大きいため息をつき、頭を抱えるジュンを不思議そうに見る。
「どんな指輪だったんですか」
「○○というブランドで」
「それおひいさんの家でよく買ってるやつのですよね、どっかの王室御用達だかってやつ」
「そうです。殿下もそこなら品質も問題ない、と」
「ああ、まあ、そうでしょうけど……クソ高いでしょうよ……」
「給料三ヶ月分、ですよね。ちゃんとその位のグレードのものにしました」
「一応ききますけど、誰の、三ヶ月分です?」
「自分以外にいます?」
「アンタ会社持ってますよね⁉︎それの三ヶ月分て、ああもう、ほんと…。頭いいのに馬鹿なんですねぇ」
「さっきからなんです⁉︎」
「茨は、あんずさんの為にいい指輪を選んだんだと思うんですけど、逆効果です。あんずさん、おひいさんとかナギ先輩とは違うんですよ。普通の人なんです。今回茨が選んだのは、普通の人は、分不相応だと思っちゃいますよ」
「普通、普通って…。そんなの知らねえよ!俺は、少しでもいいものを、と思って!それに俺から与えられるのは、金しかないし!」
「んなわけないでしょう!確かに茨はめちゃくちゃ努力してきてその資産なんで魅力のひとつではあると思いますよ。でも、あんずさんはそこだけを好きなわけじゃないですよね。そもそも、あんずさんどんな指輪が欲しいって言ってたんです」
「きいてません」
「は⁉︎」
「自分で調べて渡したので、きいてません」
「まずそこからダメです!」
「なんでです?」
「仕事に関しては、茨の行動力とか切り替えの速さとかはすげえと思いますよ。でも、お付き合いは仕事じゃないでしょうよ。あんずさんともっとお話してくださいよ……好きなんでしょ?もう一度ききますよ、あんずさん、どんな指輪が欲しいって言ってました?」
「……今度、きいてきます」
「そうそう、絶対それがいいですよ。ちなみに茨は、どんな指輪が欲しいですか?」
「何でもいいです」
「またそうやって…」
「彼女と同じものなら、何でも。あんずが選んだものなら、多分俺も好きになると思うので、何でもいいです。て、何ですか蹲って。今日のジュン忙しいですね」
「あー、こういう時あれ言うんですね、こないだ読んだ漫画にありました。ご馳走様でした……」
「何もお出ししてませんが」
「いやいいんですこっちの話です。それオレじゃなくてあんずさんに言ってくださいよほんと…何でオレにデレてるんです…」
自分よりも、愛することも愛されることも下手くそな友人とその恋人のゆく先は、どんな恋愛漫画よりも幸せなものであって欲しい。漣ジュンは、常にそう思っている。
二週間。二人で話し合うどころか、顔もほぼ合わせることなく過ぎた。メッセージのやりとりも業務連絡が主で、茨はほんとに振られたのでは、と何回も思った。
『来週、時間をください』
返信が届くまでの時間が、ひどく長く感じられた。
「こないだの指輪は、一旦忘れてください」
「嫌です」
「この女……!」
ほんっとに思い通りにならないな!
「あの時は、話でしかきいたことのないブランドの指輪にびっくりして思わずお断りしてしまったんですが、後からすごい失礼なことをしてしまったなと思いました。ごめんなさい。今は、七種くんが私の為に用意してくれた指輪をきちんと見たいです」
「じゃあ、受け取ってくれるということですか?」
「それなんですが──」
「以上で、今日のミーティングは終了です!閣下と殿下はこの後、ショッピングに行かれるんですよね。下に車を用意しておりますので!ジュンも行くんですか?」
「いや、オレはまだ残ります」
「はぁ、そうですか」
「えー!ジュンくん居なかったら誰が僕の荷物持つんだね」
「おひいさんです!たまには自分で持ってくださいよ、後から行きますからそれまで!」
「仕方ないねえ。行こうか、凪砂くん」
パタン、とドアが閉まったのを確認してから話しかける。
「ミーティングの時からずっと気になってたんすけど」
「仕事に集中してくださいよ」
「話はちゃんと聞いてましたから!茨、その腕時計……」
今朝、同じものを着けてる人がいた。
「……新調したい気分だったので」
「いやまだ何も言ってないんすけど。というか何で今更オレに隠そうとしてんですか」
いざ、揃いのものを身につけてみたら、一気に「恋人感」が増して気恥ずかしくなったからです、とは言えず。
「なんとなく、です」
と心なしか目を逸らして答える。
「お揃いにしたら恥ずかしくなったとかですか~?いいじゃないですか~、いって!何で蹴った」
「なんとなくです!」
「すぐ足が出る……。で、指輪はどうなりました?」
「コレに、なりました。指輪のダイヤを加工し直して、文字盤に入れてます」
「え、これでもまあまあデカいですよね?あんたどんだけデカいダイヤ贈ろうとしてたんです……」
「閣下がたまに拾ってくる石よりは小さいですよ」
「いやあれは原石でしょうよ。あんずさんも考えましたね~。腕時計なら、着けても気づかれにくいですしね」
「まあ、早速ジュンには気づかれましたが」
「オレはたまたまですよ。ミーティング中ずっと見てたんで」
「ほんっとにそれで自分の話聞いてましたかヘマしたらぶん殴りますよほんとに!」
「大丈夫ですってば!聞いてましたって!もう殴りそうじゃないっすか!あ、ほらスマホ、スマホ鳴ってます!」
メッセージ受信の音。電話じゃないにしろ、一応確認の為に画面を見ると、そのまま茨はしゃがみ込んだ。
「あの女……!」
どんどん赤みが差していく耳と首元をニヤニヤしながらジュンが見下ろす。
『時計の針が動く度に、七種くんの恋人でいる時間が増えてくのが嬉しいです』
しばらくは、この言葉がちらついて時計が見れそうにない。