ハロウィンの話2023 一通りお菓子も配って、自室に戻った直後。
「茅ヶ崎、声出さないでね。あとスマホも画面切って、音出さないで」
急に消灯され、ソシャゲも強制終了された。
「え、え、何です?イタズラ?もがっ」
「し、うるさい」
珍しく甘い匂いがする手で口を塞がれる。
「千景さーん?」
ノックしながらガチャリと開けられた扉。廊下からの光だけの部屋で、俺たちは毛布をかぶって部屋の隅にいる。この声は、万里かな。
「相変わらずきたねー部屋…」
うるさいな。毛布の隙間から、入り口に立つ影を確認する。やっぱり万里だ。
んー、と唸りながら万里がスマホを操作した瞬間、俺のスマホが光る。あっぶな。音消しといてよかった。いや、俺は何も関係ないんだけど、多分先輩は万里から逃げてる。
──千景さん見た?
画面に出たメッセージを、同じく毛布の中にいる先輩も俺の肩越しにじっと見てる。ふわ、と甘い匂いが鼻に届く。先輩自身がお菓子になったみたいだなとか思ってたら、何となく美味しそうに思えてきて、ちょっとだけ舐めてもいいかな、って思ったりもして。
「……邪魔」
首筋に近づけた顔は、容赦なく手で押しやられた。手からも甘い匂いするから舐めてやろうかなって思ったけど、後が怖いからやめておく。
──先輩は今日は見てないけど、どうした?
当たり障りのない返信をしてみる。
──一緒に猫の仮装するって言ったのに千景さん逃げ回ってて。見つけたら教えて
「は……⁉︎もがっ」
叫び出しそうになった口は再び塞がれた。待って力強い、強い。息止まる死ぬギブギブ!
猫の仮装何それきいてないし!猫耳つけるの?先輩が?正直めちゃくちゃ見たい。でも多分ここで俺が裏切ったら、猫耳どころかしばらく口きいてもらえなくなる。
扉が閉まり、足音が遠ざかり。そうなってからようやく毛布から抜け出せた。
「どうするんです?万里、多分見つけるまで探しますよ」
「……できるだけ仮装の時間を減らしていこうと思ってね。茅ヶ崎、こっち」
呼ばれて顔を近づければ、
「トリックオアトリート」
「は?え?あ、お菓子、無い、ですが……」
「だろうね。だから、いたずら。楽しみにしてて。……今夜。さっきはかくれんぼ、よくできました」
「え、それどっちの意味ですかちょ、あの、先輩、ちょっと夜って、ちょっと!」
ゴトン、と音を立ててスマホが手から落ちる。やべ、と目を話した隙にもう部屋には俺しかいなくて、代わりに甘い匂いが残されていた。