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    komaki_etc

    波箱
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    北村Pの漣タケ狂い

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    漣タケ。とりとめない話

    #漣タケ

    みかん  店内ではなぜか「ももたろう」の曲がかかっている。俺はその軽快でチープな音楽を聴きながら、野菜売り場で困惑していた。
     どうしてもみかんが食べたいのに、高いのだ。想像の倍くらいするやつしか売ってない。あのみずみずしい、爽やかに甘い果実の味を想像して涎があふれ出る。我慢できなくて、仕方なく一番安い詰め合わせを買った。隣に並ぶいちごの粒が、いつもより大きい気がした。
     なぜみかんが食べたくなったかと言うとテレビでやっていたからで、なぜテレビを見ていたのかというと、アイツが帰ってこなかったからだ。騒がしいはずの夜がなんだかさみしいというのは随分癪だった。
     出演したドラマの打ち上げと言っていた気がする。横柄な態度を取っていないか、迷惑をかけていないか、そんな心配をしていると、自分は彼のなんなのだという気分になってくる。俺が気にすることではないのだ。アイツだってきっとわきまえる時はわきまえる。
     家に帰って、簡単に掃除をして――アイツがいると出来ないから――、ゆっくりと風呂に浸かる。早めの夕飯を済ませてしまったから、このあとの時間はずいぶんと暇だった。みかんを食べたら、ストレッチでもして、台本を読んで早めに寝よう。風呂場に持ち込んだミネラルウォーターをゆっくり飲みながら、俺は水面を叩いて遊んだ。波紋が波に変わっていく境目を探した。渦巻きを作って、指に吸い付くのを楽しんだ。なぜ息を潜めていたのかはわからない。こどもじみたことをしていても、誰にも叱られない。さみしさと引き換えの自由。足を延ばし、肩まで浸かり、脳内をすっきりさせようとしたのに、あの店内BGMがまわる。なぜももたろうだったのだろう。
     ももたろうって、どうして桃に入ってたんだっけ。桃って何かの暗喩だったりしたっけか。仏教とかなにかの、意味があるのかもしれない。何か閃くかと思って色々考えてはみたけれど、思いつくのは「蜘蛛の糸」だけだった。たしか極楽には蓮が咲いていた。
     小さな頃、いわゆる「死」が怖かった時がある。宇宙や深海やマンホールはいつでもっぽっかり口を開けて、俺のことを待ち構えているのだ、そんな風に思えてならなかった夜。そのあと交通事故にあったり、失明レベルまで殴られる世界に飛び込んだりすることになるとは、夢にも思わなかったな。今は生命力に溢れた毎日を送っているけれど、宇宙や深海やマンホールは、俺のことを忘れてくれてはいないだろう。
     湯船からあがり、身体を拭きながら、天国や極楽というものについて考えてみた。死後に行けるそこはきっと素敵なものに溢れてて、大好きな人がたくさんいるんだろうと思っていたけれど、俺の大切な人たちって、何歳の姿で現れるんだろう。今ではもう成長している弟妹も、小さな頃の姿で遊んでいるのだろうか。その土地を踏む俺はどんな背格好をしているのだろう。
     とりとめのないことを考えた。月の裏側が真っ暗と言ったのはアイツだったか。俺はみかんをむきながら、カーテンの向こうの夜空を思った。
     アイツは、どうなんだろう。今の姿で現れるのかな。この先ずっと一緒に活動していくだろうから、きっと一緒に歳を取る。最後に見た時の姿で現れるかな。それとも出会った時の姿か、今の鮮烈な姿か。
     今の姿がいい、と思った。一緒に過ごしていきたいと思った、今の姿。夏に汗をかき、冬に鼻を赤くして、一緒に時を経るようになった、この数年の姿がいい。高いみかんは皮が剥きづらい、もろもろと手のひらから零れていく。爪先がすっぱい匂いになった。
     がちゃがちゃとドアノブが回る音がして、俺の意識は現世に戻ってきた。ばくばくと心臓を鳴らしながら、おかえり、とアイツに呼びかける。おかえりと言っても返事はない、もしくは「おう」とかぶっきらぼうな言葉のみなのは、別に同棲しているわけではないからだけれど、じゃあ、その合い鍵を使いこなしているのはなんでなんだよ、と少し恥ずかしさを覚える俺がいる。
    「思ったより早かったな。もっと夜中になるかと思ってた」
    「大暴れした奴がいて、メンドーなことになったんだよ。帰っていいっていうから逃げてきた」
     逃げるだなんて言葉をコイツが使うのが珍しくて、おもわず笑ってしまった。アイツは、あ、みかん、と目ざとくみつけ、オレ様に黙って食うつもりだったのかよと因縁をつけてくる。そんなはずないだろ、と言う代わりに、俺は胸の中に浮かんでいた言葉を告げた。
    「施設にいた頃、みかんを食べすぎると手が黄色くなるのよ、って先生に教わって、妹が泣いたことがあるんだ」
    「……チビは」
    「俺は、本当に黄色になったらどうしよう、って考えてた」
     アイツは俺の手からみかんをひと房うばい、その大口に放り込む。手を洗え、と叱る前に、アイツの瞳に牽制されてしまった。
    「チビは何色になってもチビだ」
    「……は」
    「ばーか」
     アイツはそう言って服を脱ぎ捨て風呂場に行ってしまい、残された俺はぽかんとその場で口を開けることしかできなかった。
    「……月の裏側が、真っ暗って言ったの、オマエだろ」
     俺は新しいみかんをくるくるまわしながら、そうひとりごちる。みかんはつやつやと光っていて、俺の手は肌色のままで、柑橘類特有の酸味のある香りで部屋は満たされていた。
    「天国からも、月って見えるのかな」
     いつの日かそこに、辿り着ければいい。できればアイツも一緒に。真っ白で大きな月を見て、蓮の花が咲いていて、桃が川を流れていて、みかんは皮が剝きやすい。宇宙も深海もマンホールも鼻歌をうたっていて、俺たちはさみしくないし、どこまでも自由なんだ。
     なんて、本当にとりとめない、空想は空想だ。俺は二個目のみかんを剥く。もろもろと崩れていく皮にてこずりながら、ももたろうの曲を口ずさんでいた。アイツも風呂の中で歌っていた。にぎやかな夜は、ちっともさみしくなんかなかった。
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