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    ゆめかわムキムキパパ

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    POIPOI 13

    夜食のラーメンを食べるニキひめのはなし。月スタのアフレコのネタ含みます。全部捏造。

    【ニキひめ】幸福の塩 悪夢から覚める。俺にとっては現実こそが悪夢のようなものなのに、覚醒したことにほっと胸を撫でおろした。
     スマートフォンの黒い画面には01:02と表示されていた。成年のアイドルたちの中にはまだ仕事をしている者もいる時間。床に就いたのが23:00だったからまだ2時間ほどしか眠れていない。朝には遠すぎて、でも悪夢を見た今日はもう一度眠るには恐ろしい。
     なんだか喉が異様に乾いて、俺は同室の2人を起こしてしまわないよう、そっと共有キッチンへと足を運んだ。

     もう少しで共有キッチンに辿りつきそうだと思ったとき、先客がいることに気が付いた。キッチンの方から僅かに水音がしたのだ。自分と同じように水を飲みに来た人がいるのだろう。
     俺ははっきり言って面倒だと思った。誰かと共にいる時、俺は“HiMERU”でいなければならないからだ。HiMERUでいることは苦ではない。俺が望んでやっていることだから。でも悪夢を見た今は少しだけ、ほんの少しだけしんどかった。
     廊下にある自動販売機を使おうにも、生憎システムが故障しているためL$は使えない。だから星奏館内の自動販売システムも使えない(キャッシュレス決済も対象者から外れた途端何もできなくなるのだから困ったものだ)。何度も出入りしては迷惑だから部屋には戻れない。そうとなれば俺に残された選択肢はただ一つ、このまま共有キッチンで水分補給をして外の空気を吸いに行くことだけだ。
     俺…基HiMERUは意を決して共有キッチンへと足を踏み入れた。

    「あれ、HiMERUくん珍しい。」
     先客の正体は、ユニットメンバーの椎名ニキだった。彼は暖色の控えめなLEDのなかでこちらをむいた。深夜の申し訳程度の照明のせいか少し大人びて見える椎名は、周囲に気を遣ったいつもよりも控えめな声でHiMERUの名を紡いだ。
     アルバイト帰りなのだろう。床に雑に置いてあったくしゃくしゃでぺらぺらのトートバッグからは椎名愛用のエプロンがはみ出ていた。アイドル業とは別に深夜まで仕事をしているなんて、いくら好きなこととはいえ尊敬の念すら芽生える。
    「…椎名…。アルバイト、お疲れ様です。」
    「ありがとうっすHiMERUくん。…もしかして眠れなかった?」
     図星である。普段早寝早起きを心がけている人間がこんな時間に起きていたら、それは当然“眠れなかった”と考えるのが理にかなっている。
    「え、と…。」
     なんと返事をしようか晴れない頭で思考を巡らせるがこういった時にどうするべきか、経験がなかったから答えることができなかった。しかし椎名は特に返事を求めなかった。沈黙が流れるが椎名はにこにこと手を洗っていて、これといって気まずいというわけでもない。それがありがたかった。
     さっさと水を飲んでしまおう。そう思ったその時、HiMERUの腹がぐるぐると控えめに鳴った。前方を見れば、ぱちくりと目をまん丸にした椎名と視線が合った。このHiMERUがおなかを空かせているだなんて、恥ずかしい。最近、少し体系が変わったような気がして食事を控えていたのだ。Crazy:Bの一員になってからはおいしい物を食べる機会が増えたから体型の維持も以前より難しくなった。
    「いえ、その…。あの…何か食べたくなってしまって。」
    「へぇ、HiMERUくんが。」
    「…ここ最近、撮影の関係でまともな食事をしていないですし…。」
     必死に言い訳をするものの、これじゃあまるで普段から食事管理ができていないようで、なんだか情けなくて言葉がどんどん尻すぼみになっていく。椎名は心底どうでもよさそうに「ふうん、たいへんっすね。」と言った。取り繕う必要もなかったようだ。
    「それじゃあ遅めのお夕飯ってことで一緒に食べましょ。ふふん、僕今日はいいもの持ってきちゃってるんすよね。」
     椎名はニヤニヤと口角を上げ、ガサゴソとトートバッグを漁った。
     いいもの、とはなんだろうか。もしかして椎名シェフオリジナルの特別な調味料とか?椎名の料理は控えめに言ってもどれも絶品で何を出されてもおいしく食べることができる。期待に少し胸が膨らんだ。
    「じゃーん!塩ラーメン!」
     そう言って椎名シェフが得意気に掲げたのは、『おいしいら〜めん しお』と筆文字で書かれたパッケージのインスタントラーメン。想定外の食材に、思わず「しおらーめん」と阿呆みたいに復唱してしまった。“いいもの”と言うくらいなのだからもっと凝ったものが出てくると思ったのに、インスタント食品の塩ラーメンが出てくるだなんて、普段椎名の料理を食べることの多い身からしてみれば結構な衝撃である。
    「なはは、HiMERUくんかわいい顔してるっすよ~。食べたくなかった?ラーメン。え、もしかして塩じゃなくて味噌派だった?それとも醤油?豚骨?あっ、そもそもラーメンが苦手だったり?うわっ、もしそうだったらごめんっす…!目についたの適当に持ってきたんで…。」
     楽しそうに笑ったかと思えば疑うような目をして、申し訳なさそうになったりしょんぼりしたり、ころころと変わる表情がかわいらしくて椎名は本当に面白い。
    「いえ、そうではなくて、椎名の言う“いいもの”でインスタント麺が出てくると思わなくて。」
    「なはは、僕だってインスタント食品使うっすよ。楽だしおいしいし。」
    「確かに、椎名はカエルから高級食材まで何でも食べますもんね。」
    「え〜?僕だって食べられるなら美味しいもののほうがいいっすよ。」
    「ドッグフードを食べた人の台詞とは思えません。」
    「だってあれは大神くんがおいしそうなの作ってたからだもん。僕は目の前にあったご飯を食べただけっす!」
    「ふふ、」
    「ちょっとぉ、馬鹿にしないでほしいっすよ~!もう!」
     思わず笑みが零れて口元に手を当てる。思いの外話に花が咲いて気分が軽くなった。椎名は腕を組んでぷんすかしているが。
    「一玉しかないから僕と半分こね。HiMERUくんは僕の機嫌を損ねたから半分しかあげないっす。」
    「え、でもそうしたら椎名の分が減ってしまうのでは。」
    「いいのいいの、こういうのは誰かと一緒に食べる方がおいしいんすから。2人で食べたらおいしさも満腹度も二倍っす!」
     HiMERUの心配とは裏腹にドヤ顔で胸を張る椎名。そのへんてこな理論はHiMERUには理解ができなかった。
    「僕が作るからHiMERUくんはそこ座ってて。」
     椎名はキッチンそばのダイニングテーブルを指差し、HiMERUが頷いたのを確認すると湯を沸かし始めた。HiMERUは大人しくダイニングに腰を下ろす。
     椎名が料理をするときには基本的に手を出さないことにしている。料理は椎名にとっての娯楽だからだ。対してHiMERUは料理ができない。できない者ができる者の補佐なんてできるわけがないのだ。できる者にとって、できない者は邪魔でしかない。誰だって自分の意図しないところで娯楽の邪魔をされたら嫌な思いをする。HiMERUは人に嫌な思いをさせるようなアイドルではない。だから手を出さない。
     椎名は鼻歌を歌いながら要領良くインスタント麺を茹でていく。おかずだってしっかり作っていて、ああ、彼は食事に一切の妥協を許さないひとだったと再認識する。HiMERUだったら素ラーメンになってしまうというのに。
     椎名の鼻歌のバリエーションも大分増えた。初めはデビュー曲を奏でていたのに、時が経てば彼のセンター曲を何度も歌うこともあって、そのうちどんどん曲が増えていった。アイドルなんて辞めたいと言っていたのに、最近の椎名はどこか楽しそう。おかしな人だ。
     ご機嫌な椎名を眺めていれば気付けばいい匂いがしてきて、椎名が白い丼ぶりに盛り付けだラーメンをそっと持ってきた。
     椎名はHiMERUの右隣に座って手を合わせる。そっちに座るのか。椎名がそちらへ座ってしまったら利き手同士でぶつかってしまうじゃないか。そう思ったものの、椎名はもう目の前のラーメンに釘付けである。HiMERUが気を付ければいいかと結論付け、HiMERUも椎名に倣って手を合わせる。
    「いただきます!」
    「いただきます。」
     そういって椎名が勢いよく麺をすする。HiMERUもその姿を見て控えめに麺をすすった。
    「おいしい?」
    「…はい。」
    「よかった。一回ぐらい夜食食べたって何も罰当たらないっすよ。」
     椎名のその言葉を聞いて、HiMERUはハッとした。思えば、椎名は一度だってHiMERUに食事の強要をしたことが無かった。「ご飯を抜くなんてだめ」「もっと食べないとだめ」とは言うけれど、それでも食べたくないときに無理に食べさせようとはしなかった。自分と他人は完全に別個体で分かり合うことが難しいということを、椎名がこれまでの人生で学んでいるからだ。誰かに理解されたいと言うことも、他人を理解しようすることもしようとしない人ともいえる。お人好しなのに踏み込みすぎないその椎名の性格に、HiMERUは何度呆れ、救われたことか。
    「…おいしいです、椎名。」
    「んふふ、ありがとう。」
    「おいしいです。」
    「うん。」
    「とても、おいしい。」
    「…そっか。」
     何度も同じことを伝え、何度も椎名は律儀に頷く。だって“おいしい”以外に言葉が出てこないのだ。それくらいにこのラーメンはおいしい。何故かはわからない。でも“椎名の作ったこの塩ラーメン”は、確かにものすごくおいしいのだ。
    「…ありがとうございます、夜食を分けてくれて。」
     椎名と目を合わさずに視線を落としてお礼の言葉を述べる。今はなんだか目を合わせる気にはなれなかった。そんなHiMERUの視界に椎名の顔がずいと侵入してくる。大分無理のある体勢だろう、それは。
     HiMERUと視線が交わった椎名は満面の笑みを浮かべて、 
    「どういたしまして。僕もありがとう、一緒に食べてくれて。」
     と左手に持っていた箸を置き、HiMERUの髪を撫でた。眉間に皺が寄るのを感じる。年下扱いしないでほしい。
    「そうだ、椎名。」
    「 んぃ?」
     年下扱いのムーブを断ち切るために椎名の名を呼べば、気の抜けた返事が降ってくる。こんな人を頼れる年上だと思うだなんて無理があるだろう。
    「 写真、いいですか?SNS用に何枚か。」
    「 僕!?勿論いいっすよ〜!」
     にこりと笑った椎名はアイドルの顔を浮かべ、百点満点の表情を作った。これが素なのだ、この男は。この天然の笑顔に、作られたHiMERUの笑顔はどう頑張ったって勝てやしない。比べること自体間違っているのかもしれないが、少し悔しいと思う。
     カチリとスマートフォンのシャッターを切った。そこに映っているのは顔の整った二人のアイドル。HiMERUの顔のコンディションが悪い気がする。やはりメイクを落としてしまったからだろうか。
    「椎名、もう一枚いいですか。」
    「 一枚と言わず何枚でもいいっすよ。」
     再び二人が程よくカメラに収まるように試行錯誤するものの、なかなかうまく出来ない。きっと普段メンバーと写真を撮らないから勝手がわからないのだ。…だって、一緒に写真を撮るような人なんていなかったから。せめてあの子とも家族写真くらいは撮っておくんだった。何度かシャッターを切っては構え直してを繰り返すと、ついに痺れを切らした椎名がHiMERUのスマートフォンを奪い取った。
    「 僕が撮るっすよ。」
    「 あっ、ちょっと椎名…!勝手に…」
    「 はい撮るよー」
    「 ちょっ…!」
     取り返そうとするうちに椎名がシャッターボタンをいくらか押してしまう。そのままHiMERUの事を無視してアルバムを開いた椎名は、撮れた写真を確認していた。
    「 あ、これなんかいいんじゃないっすか?」
     そう言って椎名が表示した写真には、縦画面いっぱいに楽しそうな椎名と悔しいくらいに写りの良いHiMERU。はっきり言ってHiMERUの撮ったどの写真よりもいい写りだ。就寝用のトレーナー姿なのが気に食わないが。
    「 まぁ…悪くはありません…。」
     椎名からスマートフォンを奪い返してSNSのアプリを開いた。
     このSNSも開設当初は苦労した。HiMERUはファンレターには返事を書く。SNSでのメッセージもファンからの声なのだから全て返事を送っていたが、そのうち量が膨大になり副所長に怒られてしまった。現在は事務所がアカウントの運営方針として、“ 基本的に自由に発信して構わないが、投稿に付いたコメントやダイレクトメッセージには返事をしてはいけない”というルールを設けてそれを公表している。それ以降、返したいのに返せないというジレンマを抱えながらSNS運営をしていたが、最近ではもう随分と慣れてきた。

    『椎名と秘密の会食です。』
     椎名の選んだ写真に短い文章を打ち込み、24時間で削除されるSNSへ投稿する。画像加工なんて必要ない。皮肉なことに、ありのままの姿が最も親しまれやすいのだ。投稿完了の表示が出れば、深夜だというのに瞬く間にいいねと共有がされていった。
     スマートフォンを伏せてテーブルに置き、また麺をすする。やっぱり美味しい。
    「HiMERUくんおいしい?」
    「ええ、とても。」
    「そっすか。」
     少しぬるくなって食べやすくなったラーメンは、出来立てとはまた違った味わいがあった。これを超えるインスタントラーメンは、今後食べられることはないだろう。
    「HiMERUくんは、なんの味が好きなんすか?」
     もぐもぐと咀嚼しながら椎名が問う。かなり食べるスピードが遅い。HiMERUに気を使ってゆっくり食べているのだとすぐに気付いた。
    「…椎名……す…」
    「んぃ?」
    「椎名のつくったこのラーメンが、今まで食べてきた中でいちばんおいしいんです。」
     そう言って濃いインスタントラーメンの安い麺を啜る。それを咀嚼しながら椎名の方を見てみれば、彼もまた照れくさそうに麺を啜った。
     俺は、Crazy:Bのことを“好き”だなんて絶対に言ってやらない。彼らとは良き仕事仲間で、良きライバルでありたいのだ。

     テーブルに置いた椎名のスマートフォンの着信音が鳴る。画面に表示された“天城燐音”の文字に椎名はうげ、と顔を歪める。椎名はすぐに通知を“拒否”の方にスワイプし、着信拒否の設定をした。
    「ヤダヤダ、最悪っす。」
    「天城は仕事中のはずですが。」
    「 サボってるってこと?もっと最悪じゃないっすか!?」
    「 休憩中ではないでしょうか。天城がアイドルの仕事を蔑ろにするとは思えません。」
     今度はHiMERUのスマートフォンに、ホールハンズから着信のバイブが鳴った。「天城燐音」の文字が表示されている。椎名にその画面を見せれば、「ぅゎ…」と小さく声を漏らし、肩をすくめて見せた。HiMERUは通知を“通話”の方にスワイプし、スマートフォンを耳に当てた。
    『なァメルメルどういうこと?ニキちゃんと二人でディトですかァ?』
     繋がった瞬間、天城の元気な声が耳を貫いた。天城はHiMERUのSNSを見たのだ。大方自分も混ぜてほしいとでも言うのであろう。
    「さて、なんのことでしょうか。」
    『ずるい!俺っちもお前らと一緒に夜食食いてェ!』
    「あなたは仕事ですよ。しっかり働いて稼いできてください。」
    『俺っちも混ぜやがれ!』
    「嫌です、今日は。」
    『エッ、今日はってことは他の日ならいいってこと?』
    「またHiMERUが夜食をとる日が来れば、の話です。」
    『ぐぎぎぎぎぎ』
    「なんですかそれ。」
    『悔しさを言語化した。』
    「擬音では?」
    『 るせェな。あ〜メルメルの夜食とかレアなシーン逃した〜燐音くんお前らに除け者にされて悲しいっしょ…しくしく…。』
    「 安心してください、桜河もいません。」
    『そォいうことじゃねェのォ〜もォ〜!』
    「 HiMERUは、椎名がいたから夜食をとったのです。天城はとにかく仕事です。あなたにしかできない重要な仕事なのですよ。切りますね。」
    『 あ、ちょっ、てめっ、』
     天城の返事を待たずにブツリと通話を切る。切る直前の天城の慌てようが面白くて自然と口角が上がった。HiMERUも椎名にならって天城の番号を着信拒否にする。拒否すると言っても今だけだ。せっかく静かに楽しんでいるこの時間を邪魔されたら溜まったものじゃない。HiMERUは溜息を一つついた。
    「 HiMERUくん。」
     椎名が、HiMERUの名を呼ぶ。答える代わりに椎名の瞳を見つめた。椎名のその顔は真剣で、まるでかつての迷宮を攻略したときのような空気が漂っていた。
    「 もし、もしだよ?またHiMERUくんが夜、どうしようもないくらいお腹が空いたら、そのときも一緒にごはん、食べてくれる?」
     珍しい。椎名がこんなに暗い顔をしているなんて。不安そうな椎名にHiMERUは笑いかける。彼は一体何を言っているのだろうか。ここで断ったら、まるでHiMERUが薄情な人間みたいじゃないか。
     喉に流し込んだひとすくいの塩気強いスープは、世界でいちばん優しい味がする。それを嚥下してしっかりあじわう。おいしい。
    「 えぇ、是非。次も椎名の作ったラーメンが食べたいのです。」
     椎名の表情がパッと明るくなった。それを見て、俺もなんだか胸のあたりがふわふわと浮ついた気がした。
    「 うん、うん…!作るっすよ、今度は違う味にするっす。とびきり美味しいの、半分こしようね。」
     そう言った椎名は目前のラーメンに視線を移し、また麺を啜った。やはり椎名には天性のアイドルの才があるのだと思う。今だってHiMERUは椎名のせいで気分が良い。椎名にはいつまでもアイドルを続けて欲しいものだ。

     麺を持ち上げた椎名の左手と、スープを掬い上げた俺の右手が、コツリと静かにぶつかった。
     謝るなんてことはしない。やっぱり反対に座ればよかったとどちらからともなくはにかみ、そうしてまた麺を啜るのだ。

     長い夜も、今日はもう怖くない。
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