メル燐 ワンライ 「不意打ち」 僕は椎名ニキっす。一応Crazy:Bっていうユニットに所属していて、料理人もやっていて、悪い意味でそれなりに有名なアイドルとして活動している。そして今、世界で一番どうでもいい争いが僕の目の前で繰り広げられている。
事の発端は燐音くん。燐音くんがHiMERUくんと今日セックスをするかどうかの話をカフェシナモンで始めたことがきっかけだった。いや、まず真昼間からそんな話をうちのお店でするなって話なんすけど、どうせ言っても変わらないんでそれはとりあえずおいておくことにするっす。ちなみにこはくちゃんは今日はDoubleFaceのお仕事でここにはいない。
それで燐音くんはセックスがしたい、HiMERUくんは面倒くさいとかでしたくない、双方譲りたくなくて口論をしてるうちに「人間として優れている方の言う通りにする」みたいな感じになっちゃって、今に至る。
いつもはなんだかんだ言って屁理屈が多い燐音くんの経験の量?に勝てないのか口論ではHiMERUくんが押されることが多いんすけど、今は珍しくHiMERUくんが優勢っぽい感じがするっす。二人とも知識比べとか指相撲とか、何かよくわかんない方法で戦ってるんすけど、本人たち的には大真面目っぽいんで僕はもう見守ってることにした。
あ、燐音くんがむくれてる。HiMERUくんが押してる感じ?あ、HiMERUくんが勝ち誇った感じの顔してるっす。これは今回の無駄にパワフルな痴話喧嘩はHIMERUくんの勝ちっすかね。
長かった争いがやっと終わると思って、すっかりなくなってしまった二人のお冷を足してあげようかななんて思ったその時、バチンとお店中に響きわたるくらい大きな音が鳴った。
あろうことか、燐音くんがHiMERUくんの白くて綺麗なおでこに思いっきりデコピンをかましのだ。
「ッ…!!」
「あ。」
あまりの勢いに、僕の口からも「あっ!」と声が漏れる。不意を突かれたHiMERUくんはいつもの冷静さからは想像もつかないくらい怒った低い呻き声をあげておでこを抑えた。
音的に、今のは絶対に痛かったっす。
相当痛かったのかHiMERUくん、黙っておでこを抑えたままうつむいてしまった。想定外に力が入ったのか燐音くんもヤベと言いたげに人差し指とHiMERUくんを交互に見ている。助けてほしそうに僕のことを見たって、僕は何もしてあげないっすからね。死にたくないもん。
大体デコピンなんて本当に危ないっす。結局肌に爪が当たってる訳っすから、打ち所が悪かったら肌が爪で切れちゃうんすよ。HiMERUくん、ちょっとイラついたからってこんな暴力に走るような男、絶対にやめておいた方がいいっす。
「ふふ、ふふふふ。」
僕が燐音くんをじっとり見つめると、突如HiMERUくんがうつむいたまま怪しい笑い声をあげ始めた。どうしちゃったんすかHiMERUくん…今のデコピンで頭がおかしくなっちゃったんすか…?
なんて僕の心配も空振りで終わったようで、HiMERUくんはいい笑顔を浮かべながら燐音くんを指さした。
「天城、あなたは知っているでしょうか。ある時代、どうしても勝てない格上の相手と戦う際に、弱者が強者に勝つために取る手段があったそうですよ。」
「あン?急に何だよ。」
「わかりませんか?ふふ、弱者が格上相手に勝つために使う手段…、それこそが不意打ちということです。たった今、HiMERUの不意を突いた時点で天城はHiMERUよりも劣っているのですよ。よって今回の勝負はHiMERUの勝ちなのです。」
燐音くんにデコピンされたところがまだ痛むのか、ずっとおでこを抑えながらドヤ顔で燐音くんに向かって言い放つHiMERUくんはちょっと可愛い。なんて今ここで言ったら燐音くんにもHiMERUくんにも殺されちゃうんで言わないっすけど。
「はァ!?ズルいだろそんなん!」
「いいえ、れっきとした歴史に基づく強者と弱者の関係を示す事象の一つです。というわけで椎名、強者のHiMERUにコーヒーを一杯いただけますか?」
「勝手に終わらせンなよ、オイ。」
半ば強制的にHiMERUくんが勝利をおさめて燐音くんはぷりぷりして泣きそうな顔してるけど、最終的には平和?に世界で一番どうでもいい争いは幕を閉じた。
「はいはーい、HiMERUくんはいつものっすねー。燐音くんは?」
「はァ?燐音くんはお冷に決まってんだろ。」
「こいつ最低っす…。」
「天城、一人の人間として何か一品注文すべきです。水もタダではないのですよ。」
「ヤーダ♡」
「はぁ…天城…。」
二人がイチャイチャし始める気配を感じた僕はため息をついて厨房の方へ引っ込んだ。燐音くんはともかく、なんだかんだ言ってHiMERUくんも僕の前では容赦なくイチャつくし痴話喧嘩をするんでいい加減にしてほしいっす。
…まあ、巻き込まれるのはすごく嫌だけど、僕にとって家族みたいに大切な二人がなんだかんだ幸せそうならそれでいっか。あ、このクッキーHiMERUくんに好評だったらこはくちゃんにも分けてあげよう。
僕は一杯のコーヒーとサービスのバニラクッキーを乗せた小皿を持って、二人の待つカウンター席へと速足で向かった。