この世界に祝福を。「ヤダヤダーっ!!メルメルが運んでくれねェなら俺っちずっとここで叫び続けてやる!!」
5月18日、コズプロお誕生日会が終わりを告げお開きとなり、事務所から星奏館の共有スペースまで移動したところで天城の声が星奏館中に響き渡った。
びゃーびゃーと大人気なく喚き続ける天城に他のアイドル達は苦笑いでおやすみを告げ、各自静かに自室へと戻っていった。激務の中のパーティだったからか誰も彼もが眠たそうで、残ったのはCrazy:Bの4人だけだった。
「メルメルはこんで〜だっこォ〜!!」
4人になったところで天城の酔いが覚めるなんてことはなくて、結局駄々を捏ね続ける天城の声が響き渡っているだけなのだが。缶チューハイ片手にHiMERUに抱っこを求めるその姿はまさに無駄にデカい赤ん坊そのものだ。
「メルメル、だっこ。」
「はぁ〜……天城…。」
「燐音はんええ加減にせぇよ、HiMERUはん困ってはるで。」
「そうっすよ燐音くん、そろそろ諦めないとHiMERUくんから誕生日プレゼント貰えないっすよ〜。」
「いい!いらねぇ!おれっちはメルメルのお姫様抱っこがいいの!!」
椎名や桜河が何とか諦めさせようとするものの、天城は構わず駄々をこね続けている。それに加え、要求がさりげなく“運ぶ”から“お姫様抱っこ”にグレードアップしているあたり天城らしいというかなんというか。この野郎、いくら酔っていると言ったって限度があるだろう。羽目を外しすぎである。
「全く…、仕方がありませんね…。」
そろそろこちらが折れないと、無限に喚き続ける天城の声が他のアイドル達の睡眠妨害になりかねないと思い、天城を部屋まで運ぶことを渋々了承した。すると天城はあからさまに上機嫌になり、HiMERUの首に両腕を絡ませ抱きついた。鬱陶しくて思わず顔を顰める。
「まァじぃ〜!?燐音くんメルメルのコト好きになっちゃう〜!」
「その手を離すか黙るか死ぬかしてください天城。」
そう言いながら抱きつかれた腕をそのままに天城を立ち上がらせると、天城の表情は一変して不服そうに頬をふくらませた。
「お姫様抱っこはぁ?」
「無理です。HiMERUは自分よりも重いものを持ち上げることが出来ないのですよ。肩を貸しますから妥協してください。」
「それってェ、俺っちがメルメルより軽かったらやってくれたってコトォ!?」
夜中ということもあり、天城の言動一つ一つに異様に腹が立ってしまう。それでも今日の主役は天城であるし、酔っ払ってまともな思考回路を失った人間に一々腹を立てていてもきりがない。俺は諦めてもうどうとでもなれとすら思い始めた。
「本当に死にたいようですね…。変なことを言っているとこのまま置いていきますよ。それが嫌でしたら素直にこのまま連行されてください。」
「うぅ〜ん………まぁしょうがねェなァ。それでいいっしょ〜、ぎゃはは!」
遠慮なく寄りかかる天城の体重が左半身にのしかかる。天城は身長が少ししか変わらないのに、こういう時に限って随分と大きく感じる。
「ごめんねHiMERUくん。こはくちゃんと片付けやってすぐ向かうっすから、燐音くんの事お願いするっす。」
申し訳なさそうにそう発言する椎名の方を見ると、桜河がせっせとゴミを運び、それを椎名がゴミ袋に押し込んでいた。時折桜河が「ほうきかけた方がええ?」などといい、椎名が「こはくちゃん偉いっすね〜」なんて返すものだから、母と子のようにすら見える。
「椎名が謝ることではありません。ほら天城、行きますよ。」
「ンあはっ、メルメルだァ〜。」
「全く…しっかりしてください。プレゼントはもうあげませんからね。」
耳元で騒ぐ天城を床に叩きつけたい衝動を何とか堪え、HiMERUは天城を支えながら一歩ずつ旧館の方向へと進んだ。
星奏館を抜け、辺りが静まり返る。もうアイドルはほとんど起きていないけれど、遠くを見れば仕事終わりのP機関やら事務員やらがのそのそと歩いているのが見えた。
ESの敷地内には様々な思い出が詰まっている。ど真ん中に聳え立つビルを見上げれば、僅かではあるが空中庭園が見える。あそこでは天城が夜遅くに明星や白鳥とダンスを楽しんだと聞いている。さぞ楽しかったことだろう。その下の方にある社員食堂では、椎名がいつも絶品の料理を振舞ってくれて、ビル内の廊下では走った桜河が副所長にこっぴどく叱られたりもしたっけか。Crazy:Bはずっと金欠だったからレッスン室は予約を取るのもやっとで、変なところに集まって練習をしたこともあった。4人で花見もした。クリスマスだってそれなりに盛り上がった。それからMDMでは…。
何となく天城を見つめる。俺には天城の目に見える世界が、少しも分からない。否、少ししかわからない。少なくとも天城の理想とする世界や天城が現在の考えに至るまでの出来事に、俺は共感する部分があった。でもどうだろうか。似たようなものを抱えていたとしても、天城はいつもHiMERUを置き去りにして先へ進んでいく。俺たちはずっと前へ進めないでいるのに。
天城は何とか歩きながらもいつの間にかコクコクと微睡んでいた。もうすぐにでも眠ってしまいそうだ。
「…天城は、この世界に生まれたこと、どう思っているのですか?」
まともな返答ができない今だから、返ってこないであろう問いを投げかけた。きっと俺たちが出会った時とは全く違った考え方をしているのだろう。
「あ〜…?…生まれた事は後悔してねェよ。だっておめェらがこんなに愛してくれるんだもん。りんねくん人生のギャンブルに勝ちまくってるからァ。」
意地の悪いHiMERUからの問に、天城は意外にもはっきりと答えた。俺と天城の間にある決定的な違い。それは人を変化させ、自らをも変える力を持っているかそうでないか。どう足掻いても、俺は天城のようにはなれない。天城のことは、理解ができない。
天城は今にもとろけそうな目で、俺をじっと見つめていた。
「めるめる。」
「なんでしょう。」
「すき。」
「知ってます。」
「だよなァ〜いってみただけェ。」
無気力にけたけたと笑う天城は、この上なく幸せそうな顔をしていた。
気付けばもう、旧館へとたどり着いていた。少々下品ではあるが足で旧館の扉を開き段差を超える。ほとんど物のない廊下には足音が異様に響いていた。
「天城、もう少しですからしっかり歩いてくださ、」
「あぁ〜…生まれてきてよかった。」
天城はそう言って「んふ」と気持ち悪い笑い声を披露すると、がくりと身体中の力を失い、俺に引っ張りあげられる形になった。いくら背丈の割に軽いとはいえ、眠った成人男性は重くて歩くのもやっとだ。しかし運良くCrazy:Bの旧部屋のドアは開いている。
ズルズルと天城を引きずったまま部屋に入り、二段ベッドの下段にごろりと天城を転がした。その衝撃で少し目が覚めたのか天城は薄く瞼を開いた。ターコイズブルーの虚ろな目で俺を捉えている。
「めるめる、」
「はい?」
「…生まれてきてくれて……ありがとなァ、」
そう言うと天城は今度こそ瞼を下ろし、綺麗な寝息をたて始めた。いつもこの男は自分勝手でその上変なやつだ。
「なんで俺にそれを言うんだよ。今日はあんたの誕生日だろ…。」
天城に俺を認識されているという何とも形容しがたい罪悪感からじわりと視界が濁る。あと何度彼の誕生日をHiMERUとして祝うのだろうか。あと何度苦しみながらおめでとうと告げればいいのだろうか。
「燐音、生まれてきてくれてありがとう。これからも…、」
愛おしい健康優良児にそう囁く。遠くから近付いてくる2つの足音を聞きながら、だらしなく半開きになっている天城の唇にキスをした。